『めぐりあいし人びと:築地書館の50年』

土井庄一郎

(2006年3月26日刊行,築地書館ISBN:480671321X



【書評】

題名からは想像できないほどおもしろい回顧話の連続だ.築地書館の,というよりは,出版印刷業に長年携わってきた土井父子の「歴史」というべきだろう.

著者の父である土井儀一郎は,典文社という印刷会社を起こした.典文社,斎藤昌三書物展望社など印刷にうるさい出版人の要求を十分に満足するだけの出版物(限定本を含む)を世に出してきた実績があった.子の土井庄一郎にもそういう“本へのこだわり”が伝わったのはもちろんのことで,築地書館の出版物には造本や装幀に並々ならぬ情熱が注がれているという.杉浦康平をはじめとして“良き本”への熱意をもった人たちがいたということだ.

築地書館の限定本も少なからずあるらしく(ぼくはぜんぜん知らなかった),たとえば山岳書籍の集大成である『山と書物』の限定本を出すにあたっては,ほとんど斎藤昌三が生まれ代わったかのような著者のこだわりようが印象的だ.しかし,それだけのこだわりが必ずしも収益に結びつかないというのが現実で,「良い本が必ずしも売れるとは限らないのだ」(p. 294)という独白を読者は繰り返し聞くことになる.実際,築地書館も一度は倒産の憂き目に遭っている.

—— 書店創業者の懐古譚という点で(そして,装幀のレベルの高さという点で),この本はみすず書房創業者の小尾俊人の回顧本『本は生まれる。そして,それから』(2003年2月5日刊行,幻戯書房ISBN:4901998005)に相通じるものを強く感じる.