野村哲也
(2011年1月25日刊行,中央公論新社[中公新書2092],東京,vi+182 pp., ISBN:9784121020925 → 版元ページ|著者サイト)
【書評】※Copyright 2011 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved
パタゴニアに家を持つ著者ならではのフットワークのよさ.とにかく山岳写真と天体写真がもうきれいすぎて.ビーグル号航海の通過点のひとつだったパタゴニアには,ビーグル水道やフィッツロイ山などの名前が付けられている.フィッツロイ山の百変化ぶりはすごいの一言に尽きる.この地域の植物相を優占する南極ブナ(Nothofagus)の深赤色の紅葉を本書で初めて見た.その南極ブナに寄生する真っ黄色で真ん丸の菌類キッタリア(Cyttaria)は,著者によれば「無味で食感はグミのようだ」(p. 166)と書かれている.一度は生キッタリアをぎゅっと噛んでみたいな.
パタゴニアの山岳渓流風景は,手元にあるラルシュ・ブルンディンのユスリカ論文:Lars Brundin『Transantarctic Relationships and Their Significance, as Evidenced by Chironomid Midges : with a Monograph of the Subfamilies Podonominae and Aphroteniinae and the Austral Heptagyiae』(1966年刊行,Kungliga Svenska Vetenskapsakademiens Handlingar, Fjärde Serien, Band 11, Nr. 1, Almqvist & Wiksell,Stockholm,472 pp. + 30 plates → 情報|目次)で見たことがある.富士山のようなオソルノ山や,剣のようなパイネ・グランデ山のカラー写真も載っていた.ブルンディンは,今から半世紀も前に,ユスリカの採集のためにわざわざここパタゴニアまで来たのかと感服するしかない.
本書の最後の章で,著者はパタゴニア先住民ヤーガン族の最後の生き残りと面会している.いささか感傷的すぎる場面かとも思うが,ダーウィンがテイエラ・デル・フエゴで出会ったフエゴ島先住民の物語:Nick Hazlewood『Savage: The Life and Times of Jemmy Button』(2000年刊行,Hodder & Stoughton, London, xvi+384pp., ISBN:0340739118 → 書評)をつい思い起こしてしまった.
—— カラー新書のよさを十二分に利用したとても印象的な本.それだけにもっと大きなサイズの写真でじっくり鑑賞したくなってしまう.
(三中信宏:2011年2月24日)