『空白の五マイル:チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』

角幡唯介

(2010年11月22日刊行,集英社,東京,307pp., ISBN:9784087814705目次版元ページ|著者サイト〈ホトケの顔も三度まで〉)

本書に描かれているチベットの秘境「ツアンポー峡谷」の名前は,この地を探検した英国人プラントハンターによる記録:F・キングドン - ウォード[金子民雄訳]『ツアンポー峡谷の謎』(2000年5月16日刊行,岩波書店岩波文庫・青478-2],東京,ISBN:400334782X版元ページ)で知っていた.著者はこのキングドン - ウォードが踏査しきれなかった「空白の五マイル」を単独行で踏破した.その記録が本書である.

ヒマラヤに発するこの渓谷の急流は,海外の多くの探検家たちの挑戦を退け続け,日本の探検隊からも犠牲者が出たと本書には記されている.挿入されている絶景のカラー図版を見るだけの一読者にとっては,血沸き肉踊る冒険譚としてシンプルに楽しめる.しかし,この日本から遠路はるばるやってきて,このツアンポー峡谷に中国国内的には「不法侵入」し,命からがら生還するストーリーの読後感は,一言で言えば「たいへんお疲れさまでした」に尽きる.

個人的には,大峡谷を登攀してはロープで降り,ときには滑落してしまうという著者のまるでインディ・ジョーンズばりの活劇物語の章よりは,むしろ周辺のチベット人たちとの交流や中国の警察や役人たちとの丁々発止の場面の方が印象に残った.いずれにしても,21世紀の現代にこのような「冒険」があり得たという一点だけでも十分な驚きだ.自分で本書を手にとってどきどきわくわくする感覚を味わってほしい.

なお,プラントハンターであるキングドン - ウォードのもう一冊の著書も岩波文庫に入っている:F・キングドン - ウォード[塚谷裕一訳]『植物巡礼:プラント・ハンターの回想』(1999年9月16日刊行,岩波書店岩波文庫・青478-1],東京,ISBN:4003347811版元ページ).三ヶ月前の大震災で本棚から崩落したまま,いまだに行方不明だが,上の『ツアンポー峡谷の謎』とともに,もういちど開いてみたい.