『Out of Thin Air : Dinosaurs, Birds, and Earth's Ancient Atmosphere』前半要約

Peter D. Ward

(2006年10月30日刊行,The National Academies Press, ISBN:0309100615[hbk])



各章の要旨(前半)

序論では,地球上の生命の歴史を考える上で,全生物に等しく影響を及ぼしてきた環境要因,とりわけ酸素という元素の長期的変動が酸素呼吸を営む大部分の生物にとって生理的に大きな意味をもっていただけでなく,生物進化そのものを左右してきた決定的要因であるという本書を貫くテーゼが示される.生物の進化史を考える上での4つの疑問,すなわち「What」「When」「How」そして「Why」のうち,最初の三つの疑問に対しては,これまでの進化生物学や古生物学の知見の蓄積によってかなりわかってきたが,最後の疑問については生物の知見だけでなく,地球化学と古環境学の知見をも統合して取り組むべきであるという視点が強調される.

第1章では,生物がいかにして水中や大気中の酸素を利用するようになったのかを大きくとらえ,酸素を必要としない原始的な生物が酸素呼吸というシステムを基本体制に備えることにより得られた進化的な利点について論じる.そして,現生生物あるいは化石生物に見られるさまざまな呼吸器系の解剖学的な特徴を見ることにより,地球の歴史の上での酸素濃度の地質学的時間スケールでの変動がその酸素に依存して生きてきた生物たちの進化そのものを左右する決定的要因なのだという著者の主張の由来を述べる.

第2章では,これまでの研究による解明されてきた過去の地球における酸素濃度の変遷の外観である.水中や大気中に存在する気体(酸素や二酸化炭素など)のダイナミクスに関する最新のモデル(GEOCARBSURF)に基づいて,過去の地質時代における酸素濃度をシミュレートしたところ,著しい変動が見られた.酸素濃度のこれらの変動は生物進化史の大きな出来事と同期して生じていることが示唆される.各地質時代ごとの個別の出来事とその時代の酸素濃度との関わりについては後の章で各論として提示される.本章では,本書全体に及ぶ「生物進化と酸素濃度」を結びつけるメインとなる仮説が述べられる.それは:

  • 仮説2.1)地球上の酸素濃度が低下すると,生物の基本デザイン(体制=ボディプラン)のちがい(disparity)が増加する.
  • 仮説2.2)地球上の酸素濃度が増大すると,生物の多様性(diversity)は増大する.

の二つだ.スティーヴン・グールドは生物進化を特徴づける diversity と disparity は歴史的偶然の産物であると強く主張した.これに対して,著者はこの二つの属性はいずれも酸素濃度の変遷と因果的に結びつけられるだろうという野心的な目標を置き,以下の章で,その検証に向かう.

第3章以下では,生物相が出現したカンブリア紀からはじまって,現代にいたるまでの地質時代をひとつひとつ取り上げ,それぞれの時代の酸素濃度が生物進化上の大きな出来事とどのように関連づけられるのかの各論に当てられている.

第3章は,ベストセラーである『ワンダフル・ライフ』の中でグールドが論じた生物進化の偶然性を強調する立場への強力な反論である.カンブリア紀に爆発的に進化した奇妙なつくりをもった生きものたちはグールド的な観点に立てば,進化の壮大な実験であって,その中からたまたま偶然に生き残ったものがその後の地球の生物相の祖先になったのだということになる.これに対して,著者は,「カンブリア爆発」がほかならない低酸素状態への適応進化として起こった出来事だと言う.つまり,乏しい酸素をいかにして効率的に獲得できるかという自然淘汰が作用することによって,さまざまな体制をもつ生物ができたのだという主張だ.著者の提示する仮説群:

  • 仮説3-1)体節をもつ生物(たとえば節足動物)は鰓による呼吸効率が高い.
  • 仮説3-2)軟体動物は呼吸効率を上げるために殻を獲得した.
  • 仮説3-3)頭足類の強力な呼吸器官は低酸素状態を生き延びるすべである.

が示すように,これまで進化的偶然の産物だったと考えられてきたさまざまな特徴が酸素の獲得という統一的な視点で解釈されている.

第4章は,カンブリア紀に続くオルドビス紀における第二の「爆発」を酸素濃度の観点から説明している.

第5章では,シルル紀からデボン紀にかけて,大気中の酸素濃度が劇的に増加した原因とその進化的帰結に論を進める.この時代には光合成植物の繁茂により水中ならびに大気中の高酸素状態になった.これは生物がそれまでの水中生活から,陸上へと生息環境を広げることを可能にした.とくに,植物の陸上化に続く動物の陸上化に関連して,著者はいくつかの仮説を提起している:

  • 5.1)脊椎動物が陸上に上がれたのは大気中の酸素濃度が上昇したからである.それがなければ彼らは水中にずっと留まっていただろう.
  • 5.2)無脊椎動物および脊椎動物の陸上への進出は,第一期(4億3000万年〜4億1000万年前)と第二期(3億7000万年前)の二回生じた.
  • 5.3)この二波に分かれた陸上化はそれぞれ高酸素状態の時期に対応している.

この時期に生物相は大幅に多様化したが,その二つの時期にはさまれた低酸素状態の時代には大量絶滅(「ローマーの空隙」)が生じた.