『Out of Thin Air : Dinosaurs, Birds, and Earth's Ancient Atmosphere』後半要約

Peter D. Ward

(2006年10月30日刊行,The National Academies Press, ISBN:0309100615[hbk])



各章の要旨(後半)

第6章では,地球史上空前の高酸素状態となった石炭紀ペルム紀において,さまざまな「巨大生物」が出現した進化的理由を明らかにする.この時期には巨大昆虫など節足動物の巨大化が特徴だが,それとともに脊椎動物の巨大化も著しかった.脊椎動物(爬虫類)の繁殖様式として「陸上で産卵する」というスタイルが確立したのは高酸素状態が原因だと著者は主張する:

  • 6.1)高酸素状態のもとでは胎児の発育は促進され,陸上での卵胎生を可能にした.
  • このように高酸素状態を謳歌した陸上生物たちは,その後やってきた低酸素状態に打撃を受け,新たな進化ステージに入ることになる.

第7章では,ペルム紀後期の低酸素環境が直前に多様化した生物相の大量絶滅をもたらし,低酸素に耐えることができた恐竜の覇権を可能にしたという説が提示される.とくに,体温を一定に保つという「恒温性」は,通説とは異なり,低酸素濃度に対抗して呼吸効率を一定レベルに確保するために進化したという著者の説が光る:

  • 7.1)通気性骨格は低酸素環境で水分を確保し呼吸を効率化する適応である.
  • 7.2)恒温性・四室心臓・体表皮・通気性骨格はすべて低酸素環境で呼吸効率を上げるために進化した形質であり,体温を保つ目的で進化したわけではない.

そして,低酸素状態での大量絶滅により,生物の移動分散が妨げられ,陸域による生物相の分断(生物地理区)が生じたと結論する:

  • 7.3)低酸素環境で生物集団の移動と遺伝子交流が途絶したことにより,地域による生物地理区のちがいが生じた.一方,高酸素状態のもとでは,反対に,地域間の差異はなくなり,全世界的に広域分布する生物相が成立した.

第8章は,ペルム紀の大量絶滅に続く,三畳紀における新たな爆発を論じている.この時期を特徴づけているのは恐竜の出現である.本章では,恐竜の初期進化に関していくつかの仮説が提示されている:

  • 8.1)恐竜のもともとの体制はこの時代における低酸素環境への適応として生じた.たとえば,二足歩行することにより酸素による生理的制約から解放されたという点が挙げられる.

続いて,著者は恐竜たちの呼吸器系の特徴,とりわけ肺の構造に着目する.恐竜の肺が後の鳥類と同じ「気嚢系(air sac system)」をもっていたことは,何よりも呼吸効率と関連づけてその進化を論じるべきだろうと著者は主張する.しかし,三畳紀も後半になると大気中の酸素濃度は再び減少に転じる.この時期,陸上から水中への回帰が生じたと著者は推測する:

  • 8.2)高音かつ低酸素の陸上を避けて,この時期,水中へと戻っていった陸上動物が少なくなかった.

このように変動の大きな三畳紀の恐竜の進化を総括する仮説を提示する:

  • 8.3)恐竜の多様性は大気中の酸素濃度に大きく依存していた.
  • 8.4)気嚢肺をもった一群の恐竜は他の恐竜と比較して絶滅率が低かった.

第9章では,恐竜が地上の覇権を握ったジュラ紀を論じる.巨大恐竜が地上を跋扈したジュラ紀は,同時に,地球史上かつてないほど低酸素な環境だった.すなわち,王者である恐竜たちは,一般のイメージとは逆に,低酸素にうまく適応した生物だったのである.

  • 9.1)ジュラ紀の初期に生じた大量絶滅は,低酸素状態ならびに二酸化炭素硫化水素の濃度が高かった結果である.
  • 9.2)その後,酸素濃度がしだいに上昇するとともに(なお低酸素ではあったが),ある一群の恐竜が他の恐竜を競争排除する結果になった.
  • 9.3)低酸素と高温の環境では,卵生ではなく,卵胎生あるいは胎生が酸素獲得の効率からいって,のぞましい子供の産み方だった.一方,高酸素条件のもとでは,頑丈な卵殻をもつ卵を安全な巣に生むというのが繁殖上有利な選択肢だった.
  • 9.4)ジュラ紀と続く白亜紀においては,低酸素状態に適応した新しい体制をもつ恐竜たちが次々に出現した.
  • 9.5)節足動物におけるカニ型の体制は低酸素に抗して呼吸効率を上げるための適応だ.

第10章は,ジュラ紀の恐竜その他の生物が乏しい酸素を獲得するために進化させたさまざまな特徴が,白亜紀におけるさらなる酸素濃度の上昇という環境変化に対応できなかったと論じる.つまり,恐竜の大量絶滅の原因は酸素濃度の上昇だという主張である.最後の第11章では,現在から近未来にかけての今後の地球がどのような酸素濃度になるのか,そしてその変化が地球上の生物相にどのような影響をもたらすのかについて,いくつかの可能なシナリオを描いている.