『東京の階段:都市の「異空間」階段の楽しみ方』

松本泰生

(2007年12月30日刊行,日本文芸社ISBN:9784537255454



【書評(まとめて)】

実にすばらしい! ほかならない「階段」を被写体とする写真集だ.

思い起こせば,伏見稲荷の全山を取り巻く真っ赤な鳥居に覆われた神域階段に始まり,渋谷・丸山町から神泉あたりの急傾斜極細階段群,そして本郷から谷中にかけての下町を縫うほのぼの階段などなど,ぼくが住む先々にはさまざまな階段があった.本書にも,谷中の“夕焼けだんだん”が載っている(p. 144).あのエリアは旧・藍染川に向かって高低差がある地形が連なるので,長短太細さまざまな階段や坂道が隠れている.

そういえば,20年ほど前に“トマソン路上観察が流行した頃は,“純粋階段”を探したこともあったなあ.建築学を専門とする著者は,都内に残るさまざまな階段をサンプリングしている.階段そのものとそれを取り巻く風景の混ざり合ったところに,ある種の「美」が生まれるのか.私的には,集落を縫う狭い急な階段が好ましい.戦災で焼けていない文京区にはそういう階段がたくさんあった.いま住んでいる平坦この上ないつくばにはもとよりあるはずもない風景である.

それにしても,この著者が探し当てた選りすぐりの階段たちはいろいろな表情をしていた.個人的には路地裏に隠れた階段に惹かれる.戸口付き階段や,屈曲階段あるいは分岐階段もある.本書では実用階段をリストアップしているので,残念ながら“純粋階段”のような物件は出てこない.しかし,著者も指摘しているように,短期間に大規模な開発がなされる東京では,たとえば《田端駅そばの切り通し階段》(pp. 170-1)のような“トマソン”すれすれの物件が生じる確率もまた高いにちがいない.

それにしても,こういうテーマで学位論文が書けるというのはシアワセだなあ.