『江戸の紀行文:泰平の世の旅人たち』

板坂耀子

(2011年1月25日刊行,中央公論新社中公新書2093],東京,xiv+307 pp., ISBN:9784121020932目次版元ページ

江戸時代の紀行文全体の“頻度分布”を見渡すと,芭蕉の『奥の細道』なんぞとんでもない“外れ値”であって,文体や内容の“期待値”はもっとちがうところにあったという指摘.たとえば,映画監督・小津安二郎の先祖にあたる伊勢松阪の小津久足が,著者的には江戸紀行文のひとつの「頂点」だったという(第10章).あるいは,女流紀行作家の先駆けでもある土屋斐子の作品とその背景を論じた第8章も印象に残る.聞いたこともない作家名が続出し,長々しい対訳付きの引用や比較はいささか煩瑣ではあるが,内容的には目ウロコな新書.江戸紀行文そのものがまだよく調べられていない盲点らしい.