『リクルートスーツの社会史』読売新聞書評

田中里尚
(2019年10月10日刊行,青土社,東京, 526+vi pp., 本体価格3,600円, ISBN:978-4-7917-7206-3目次版元ページ

読売新聞の大評が公開されました:三中信宏多様化と進化繰り返す —— リクルートスーツの社会史 田中里尚著 青土社 3600円」(2020年3月15日掲載|2020年3月23日公開)



多様化と進化繰り返す

 今年もまた就活シーズン開幕とともに街にはリクルートスーツ姿の若者が行き交う。本書によれば“リクルートスーツ”なるものが出現したのは1976~77年とのこと。それまでの就職活動では詰め襟の学生服やさまざまなスーツだったが、時代とともに大きく変遷していく。本書は500頁超の大著だが、膨大な情報源を踏まえた詳細な叙述が強烈におもしろい。

 男性ビジネスマン社会の日本では社会人としての“出世”を反映した直線的な「スーツの階梯」が形成されたとする著者独自の説はとりわけ魅力的だ。新社会人を目指す学生たちが就職活動の期間だけ着用するこの“リクルートスーツ”は「スーツの階梯」のもっとも底辺に位置づけられるのかそれとも別扱いなのか。女性の場合の「スーツの階梯」は男性とはどのように異なるのか。当の学生はもちろん大学の就職担当部署や成長株の就職情報産業さらにはファッション業界まで巻き込んだ“リクルートスーツ”論議は果てしなく続く。

 日本経済の浮沈と歩調を合わせて服飾文化的な変異と淘汰を経た結果、“リクルートスーツ”のスタイルや色彩は多様化と収斂進化を繰り返してきた。最近ではすっかり“黒化”してしまった“リクルートスーツ”は、根拠のないうわさが飛び交い、建て前と打算が渦巻く厳しい状況の中での就職活動に生き残りを賭ける学生たちにとっての、止むに止まれない“淘汰圧”の結果でもある。服飾的に“リクルートスーツ”が大きく変化を遂げてもなお「スーツの階梯」が厳然として死守されているという著者の指摘は、分岐的ツリーではなく直線的チェーンが支配的だったという点でとても興味深い。

 評者はいわゆる就職活動をした経験がほとんどなく、“リクルートスーツ”を着て会社まわりをしたこともない。だから、本書の叙述はどこか別大陸の未知の部族の服飾文化史に関する文化人類学的研究のようにも見えた。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年3月15日掲載|2020年3月23日公開)