『人種概念の普遍性を問う:西洋的パラダイムを越えて』

竹沢泰子(編)

(2005年2月20日刊行,人文書院,京都,ISBN:4409530305目次

第I部:〈総論〉の論考・「人種概念の包括的理解に向けて」(竹沢泰子,pp. 9-109)と第V部:〈ヒトの多様性と同一性:自然人類学からみる「人種」〉(pp. 435-514)を読了.総論はこの手の本ではよくある「社会構築主義」がそこかしこに顔をのぞかしているが,そういう“雑音”をすべて排除してしまえば,けっこういいレヴューになっているかもしれない(批判的に読むべし).ただし,総論全編を通じて「分類」と「系統」がごっちゃになっていて,この点については著者の発言を真に受けてはいけないと感じた.



たとえば:「「人種」は,近年その生物学的実在性が否定され,社会的構築物にすぎないという知見が浸透してきた」(p. 14)と断言されている.“本質主義”を叩く前半はよく見られるスタンスなのでまあいいとして(ほんとはよくないけど),それが一足飛びに社会構築主義に直結するというのは著者の単なる勇み足だろう.



また,この著者は,人種をめぐる「分類による暴力」(p. 79)から解放されるためには:「つまり,分類の根拠となる共通性・類似性をつねに多元的に模索すること,換言するならば,境界線を固定化させず,攪乱させること,それがつねに見る側の角度や次元によって揺れ動くものであると意識化すること??そこに分類が内在的にもつ暴力に抗うひとつの鍵が隠されているように思えるのである」(p. 78)と言う.と言う.そうかなあ? 分類はヒトの意思でどうにでもなるという主張は根本的にまちがっているだろうとぼくは思います.著者は何か考え違いをしているのではないかな.



この著者の「分類」に関する見方は割にはっきりしている:「人種にせよ集団(population)にせよ,そこにはらまれる最大の問題は,そもそも分類という行為自体が内在的にもちうる矛盾と暴力である.分類とは人間の業であり,回避不可能である,そして分類を「人種」のように目に見える外見上の違いにもとづいておこなうのは人間にとって自然の帰結である,という考え方がある.…… しかし本当にそうであろうか.ここでアプリオリとされているのは,視覚的認知分類が分類に先行するという発想であるが,そうではなく,分類があってそのレンズを通して認知しているという考え方も成り立つはずである」(p. 77)



ヒトによる認知分類が“人種”というヒトの分類にもあてはまるだろうという選択肢は何の根拠もなくアプリオリに排除されている.500ページを越えるこの厚い論文集のどこにも[まだ全部読んでいないけど],分類の認知心理的基盤を論じた章がないというのは実に印象的で,その欠落は多くのことを物語っている.「視覚的認知分類が分類に先行する」というのは認知心理学での多くの研究成果の蓄積があるとぼくは理解している.したがって,対立的説明としての「分類があってそのレンズを通して認知している」という著者の見解は,単に仮定されるべきことではなく,それを支持する何らかの論拠が必要だろう.しかし,それはアプリオリに提示されているだけであって説得力がない.



さらに,この著者は,系統推定について奇妙なことを言い続ける:



「つまり系統樹クラスター研究での遺伝的差異の発見とは,本来,連続体である人間の多様性のある断片に名前をつけ,別の箇所の断片と比較して,その間の差異を確認するという作業なのである」(p. 72)



系統樹はさまざまな遺伝子座にもとづく数値の平均値を基準とし,種分化を推測するにすぎない.平均値をとることにより多元的な近縁関係が一次元に還元される危うさを示す事例である」(p. 74)



「本来文化的社会的価値とは無関係であると思われている科学も,結果の社会的な解釈や意味づけだけではなく,その出発点においてすでに,多分に文化的社会的構築物の影響を受け,束縛されているという事実をも直視する必要があるのである.そして人間集団間の遺伝学的差異を強調するのではなく,人間集団間の遺伝学的同一性や差異の少なさにもっと関心が注がれてよいのではないだろうか」(p. 76)



だからあ,系統推定がクラスタリング(「人種」分類のような)とはちがって,ある基準に基づく歴史推定であるという基本的なことに加えて,系統樹には系統的な意味での差異と類似がどちらも含意されていること,そして系統推定とはさまざまなノイズを含むデータのもとで対立する系統仮説間での選択をすることがわかっていれば,上のような誤解は公表される前に訂正されていたのではないだろうか.



ということで,こういう“汚れ”をぜんぶ拭き取ってしまえば(笑),“人種”をめぐる現代的論議の枠組みが浮かび上がってくるように感じる.