『ニシンが築いた国オランダ:海の技術史を読む』

田口一夫

(2002年1月18日刊行,成山堂,東京, viii+269+vii pp., ISBN:4425302117

【書評】

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「海」から見たオランダの黄金時代

17世紀のオランダ黄金時代を支えたのは海運であり,それを技術的に支えたのはニシン漁業である――本書は「海の技術史」の観点から,オランダのたどった歴史を見渡している.大航海時代を担った主役である当時のオランダは,卓越した海洋技術のたまものだった.しかし,その技術がどの程度のレベルのものだったのかはこれまで十分に議論されてこなかった.「技術史への観点が欠けている」(p.3)という問題意識のもとに,著者は広範な資料を踏まえて論を展開する.



前半の第1〜6章では,中世以降のオランダでのニシンの漁業と加工を振り返り,オランダの社会にニシンがどのように浸透したかを論じる.この部分はたいへんおもしろい.後半の第7〜13章では,ニシン漁業で育まれた技術を背景にしてねオランダが世界に進出していった経緯が述べられる.江戸時代に日蘭交易を進めた東インド会社(VOC)の海運技術についても触れられている.



章によっては,漁業や船舶に関する専門的な記述もあり,素人には必ずしも理解しやすい内容ばかりではない.しかし,全体を通して言えば,ニシンの豊漁と不漁がかたちづくってきたオランダの姿をよく伝えていると私は思う.さらに,本書は,船舶・海運の技術史であるばかりでなく,ニシンという生物の文化史にもなっているようだ.ニシンをつまんで丸呑みするオランダの食習慣には深い理由があったのだ.明治時代の日本でも,北海道で「ニシン御殿」が建つほどのニシンの豊漁が続いたという.ニシンをめぐる東西両国の浮き沈みを思いやった.



オランダにまつわる多くの本が,もっぱら,レンブラントフェルメールに代表されるオランダ絵画あるいはチューリップをめぐる当時の経済バブル現象に焦点を当てている中で,本書は「海の技術史」というユニークな視点からオランダを照らしている.



三中信宏(21/March/2002)