『ザ・リンク:ヒトとサルをつなぐ最古の生物の発見』

コリン・タッジ[柴田裕之訳]

(2009年9月25日刊行,早川書房,東京,382 pp.[カラー口絵32ページ含む],本体価格1,800円,ISBN:9784152090706目次版元ページ原書書誌情報

【書評】※Copyright 2009 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

本書はドイツで出土したある動物の化石にまつわる物語である.その骨格だけにとどまらず,指先の爪,皮膚と体毛,さらには胃の内容物の痕跡まで完璧に保存されたこの化石は命名者の娘にちなんで「イーダ」と名付けられた.本書の主役を演じる「イーダ」は今から四七〇〇万年も前の始新世に生息していたとされる.百聞は一見にしかず.本書を手に取ったら何よりもまず巻頭にある「イーダ」の詳細なカラー写真を一枚ずつじっくり鑑賞してほしい.そのような大昔に地上に現存した生物が,その後の激しい地殻変動や火山活動さらには人為的な介入を乗り越えてきた強運に何よりもまず読者は驚くにちがいない.

しかし,「イーダ」の真の価値は保存の良さにあるだけではない.われわれヒトを含む霊長類がどのような生物進化の歴史をたどってきたかは古くから論争の的だった.霊長類の初期進化については化石データが乏しいこともあって,信頼できる知見に基づいて系統関係を論じることがこれまでほとんどできなかった.本書のタイトル「ザ・リンク」とは生物進化の連鎖における失われた「輪」すなわち「ミッシング・リンク」を意味する.「イーダ」こそヒトと原始的なサルとを結びつける「輪」の役割を果たすもっとも原始的な霊長類だったからである.

本書は「イーダ」がどのように発見され,眼力のある化石コレクターの手を経て,進化研究の表舞台で光を当てられるにいたったかを振り返る.そして,これまでの研究成果に照らして,「イーダ」が生きた四七〇〇万年前の地球を復元しようとする.たったひとつの化石からここまで壮大なストーリーが展開できたのは,ひとえに「イーダ」に取り組んだ国際研究チームの努力の賜物だろう.滅び去った地球の遠い過去は想像を越えるリアルさでもって,現代のわれわれに一つの物語を語ってくれたのである.

三中信宏(11 October 2009)

※上記書評原稿の改訂版は時事通信社より配信されている.