『蝶コレクターの黒い欲望:乱獲と密売はいかに自然を破壊したか?』

ピーター・ラウファー[寺西のぶ子訳]

(2010年8月30日刊行,河出書房新社,東京,312 pp.,本体価格1,900円,ISBN:9784309205465目次情報版元ページ

【書評】

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最初,本書のタイトルはいささか扇情的すぎるのではと感じたが,読み進むにつれてしだいに内容にふさわしいことがわかってきた.社会派ジャーナリストを本業とする著者はこれまで湾岸戦争がらみの政治情勢や天災・人災がもたらす社会問題に関心をもって執筆活動を続けてきた.たまたま本書の中心テーマである「蝶」にめぐりあい,アメリカ国内はもとより世界各地への調査と取材を二年間にわたって追跡した結果が本書である.



蝶をめぐるコレクターの欲望,それを支えるさまざまな「蝶産業」,さらには蝶を通して見た環境問題・保全活動・国際関係にいたるまで幅広いテーマを取り上げている.蝶のコレクターと聞くと酔狂な一部の人々の趣味に過ぎないという先入観があるが,本書を読めば蝶の問題はけっして趣味だけですみはしないことが見えてくる.著者はジャーナリストとしての目で,珍品・稀少品のチョウを求めて世界をまたにかける標本商やコレクターの活動,そのようにして蒐集されたチョウの国際売買のウラ側,売られたチョウのゆくえを追跡する.



アメリカ国内では,蝶による町おこしやイベントでの放蝶など,身近なところでも蝶には政治と金がからむと指摘される.生きた蝶を商業的に供給し続ける業者,移入された蝶が在来生態系にもたらす影響を問題視する研究者,そして純粋な好奇心から蝶にのめりこむコレクターと標本商など,蝶をめぐるさまざまな人間模様を通して,著者は現代社会の中での蝶と人との関係性について洞察をめぐらせる.



日本の昆虫採集熱はいい意味でも悪い意味でも世界的に有名になってしまった.取材を受けたある関係者は,ヨーロッパと日本の蝶コレクターが世界中の蝶を根こそぎ採り尽くしていると糾弾する.美麗な珍蝶を求めて命がけの採集を続ける標本商.絶滅の危機にさらされて採集禁止となったとしても,それはコレクターの蒐集熱を逆にかきたてるものでしかない.禁制品の蝶の闇売買マーケットでの高額な取引は欲望との引き換えにほかならない.明るい日射しの中を華麗に飛翔する蝶たちは,われわれ人間の底知れない欲望の闇の深さなど何も知らない.



三中信宏:2010年8月31日)

追記]本書評の改訂版は時事通信社文化部から2010年8月31日配信された.