『人類の原点を求めて:ヒトとサルの分岐点はどこにあるのか』

ミシェル・ブリュネ[諏訪元監修/山田美明訳]

(2012年7月20日刊行,原書房,東京,8 color plates + 235 pp., 本体価格2,200円,ISBN:9784562047505版元ページ

アフリカはわれわれヒトが類人猿の共通祖先から数百万年かけてたどった人類進化の「ゆりかご」だった.本書は,長年にわたってヒト化石の発掘と研究にたずさわってきた古生物学者が,人類進化の通説をくつがえす数々の発見にいたる経緯を物語風に語った半自伝本である.

フランスで研究者としての教育を受けた著者は,化石研究にとってのフィールド・ワークの重要性を繰り返し強調する.化石が出土するその場所に行って,地面に這いつくばることが研究の出発点であるという信念である.しかし,著者にとってのフィールドとはアフリカ内陸のはてしない砂漠地帯だった.広大な砂漠の砂嵐が吹きすさぶきびしい環境のなかで,ときには身に迫る危険に怯えつつ,押し寄せる砂を払いのけながら小さな歯や骨の破片を来る日も来る日も探し続ける.何ヶ月かけも徒労に終わることもあったという.

そして,部族間の紛争の余燼が残るチャドのジュラブ砂漠での探索を続けた末に,著者の調査チームは三百万年前のヒト祖先「アベル」の顎と歯を発掘する.それまで,初期は人類進化はアフリカ大地溝帯の東側で起こったとされていたが,「アベル」はその通説を反証する化石だった.人類は想定されていた以上にアフリカに広域分布していたことの証左だった.

さらに同地での調査を続けた結果,今から七百万年前の最古のヒト化石「トゥーマイ」の発見がもたらされた.これまででもっとも古い地質時代のヒト化石である.アフリカ東部ではなくチャドというアフリカ中部で発見された「トゥーマイ」は,人類進化のシナリオそのものに再検討を迫ることになった.

このような輝かしい研究成果の背景と裏側にも著者は言及する.調査地での政治状況や部族紛争は化石探索という基礎科学研究にもいやおうなく影響をおよぼす.しかも,国際チームを率いての海外調査は膨大な予算を必要とし,それを率いるリーダーは敏腕政治家のような外交手腕が要求されるという.科学研究がもたらす果実だけでなく,その営みの背後にある生々しい実情を知る上でも興味深い本である.

フランス語原書(2006)にはきっとあったはずの「引用文献」と「索引」を省略した点で失格.元の本を買うしかないなあ.原書:Michel Brunet『D'Abel à Toumaï : Nomade, chercheur d'os』(2006年刊行,Éditions Odile Jacob, ISBN:9782738117380版元ページ).amazon.fr だと訳本とほぼ同価格だった.