『線型代数入門』

齋藤正彦

(1966年3月刊行,東京大学出版会[基礎数学・1],東京)

駒場で受けた齋藤正彦の線形代数講義はとても厳しかった.教科書である齋藤正彦の本書『線型代数入門』は,駒場寮で必死に勉強したけど,数学はもうダメだと観念した.いまも手の届くところに置いてある『入門』をひもとくと,いたるところに三十余年前の書き込みがマルジナリアの花園をつくっていた.それとともに過去の記憶が解凍され,「そのとき一気に、思い出があらわれた」.どこまで行っても果てしない細い廊下をたどる心地.ワタクシが「入門」という書名を鵜呑みにできなくなったトラウマは,よくよく考えてみれば,齋藤正彦に由来しているのかもしれない.ワタクシが教養学部にいたころは,齋藤正彦『線型代数演習』(1985年3月刊行,東京大学出版会[基礎数学・4],東京)はまだ影も形もなかった.『演習』は『入門』とはちがってとても詳しい解答・解説が付けられている.『入門』が致死的であった理由は演習解答が簡略過ぎたところにあったような気がする.しかし,『入門』で鍛えられたおかげで,農学部に進んでから,C. R. Rao の線形統計学のバイブルや Kendall-Stuart の三巻本コーランを読むときにその御利益を実感することになる.