『まちづくりのエスノグラフィ』&『BEPPU PROJECT 2005–2018』読売新聞書評

  • 早川公『まちづくりのエスノグラフィ:《つくば》を織り合わせる人類学的実践』(2018年12月7日刊行,春風社,横浜, 310+iv pp., 本体価格3,700円, ISBN:9784861106262目次版元ページ
  • 山出淳也『BEPPU PROJECT 2005 – 2018』(2018年10月13日刊行,NPO法人BEPPU PROJECT,別府, 345 pp., 本体価格1,500円, ISBN:9784990900502目次版元ページ
  • 読売新聞書評:三中信宏「社会実験の成果と課題 」(2019年2月3日|jpeg)が〈本よみうり堂〉で公開されました.


    社会実験の成果と課題

     湯の街・別府は「おんせん県」大分のシンボルだ。JR別府駅前には観光開発に尽力した功労者・油屋熊八の躍動的な像が立っている。

     

     しかし、昔ながらの温泉アーケード街は今では寂れが目につく。『BEPPU PROJECT』は、この温泉街にモダンアートの新風を吹き込むことでユニークな「まちおこし」を進めた記録である。大分市出身の著者はNPO法人「BEPPU PROJECT」代表理事の立場で、過去15年にわたる別府での芸術活動を回顧する。この自伝的な本では、数々のアートプロジェクトの実現にいたるまでの人脈ネットワークや資金獲得の苦労と地元との良好な関係づくりの難しさなど舞台裏の事情とともに、「まちおこし」イベントが地域コミュニティにもたらした成果と付随する問題点が指摘される。

     

     「まちづくり」活動のもつ光と影については、遠く離れた茨城県でのもうひとつのケーススタディーが詳細に物語る。『まちづくりのエスノグラフィ』は、筑波山の裾野に位置するつくば市北条地区という宿場町が舞台だ。かつては筑波山参詣に向かう「つくば道」の起点として栄えた北条の集落は現在では見る影もない。

     

     本書の著者は人類学者の視点に立ちつつ、北条地区の「まちづくり」に積極的に関わってきた。筑波研究学園都市中心部の「新住民」と筑波周辺地域の「旧住民」の対置というつくば市独特の事情もあり、北条で実行されたさまざまなイベントは確かに成果を上げたが地元コミュニティへの波紋も広げた。「参与観察」という研究手法にのっとって、現場との距離を注意深く保ちつつ、「まちづくり」活動のもつ功罪を冷静に考察する著者の姿勢に共感を覚える。

     

     別府とつくばでの「まちおこし」や「まちづくり」の事例から、他の地域にも当てはまるような一般的な結論が得られないだろうか。これらの人為的な「社会実験」を踏まえた歴史科学的な比較法がその鍵になるだろう。

     

    三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2019年2月3日掲載|2019年2月3日公開)