『琉球列島の里山誌:おじいとおばあの昔語り』書評

盛口満
(2019年1月15日刊行,東京大学出版会,東京, iv+251 pp., 本体価格4,000円, ISBN:9784130603218目次版元ページ

南北に伸びる琉球列島は言語的・文化的にも細かく分岐している.それぞれの島に住む人々が日々の生活の中で深く関わってきた “里山” とのつながりにもきわめて多様だったことが,本書に束ねられたインフォーマントの多くの証言から浮かび上がってくる.とりわけ,本書の中核をなす第4章「里山の多様性」は読む価値が高い.琉球の “里山” の産物とくに植物が人々によってどのように利用されてきたのかについて,繊維利用植物・ソテツ・アダン・緑肥・魚毒漁・薪など具体的にくわしく証言を拾い集めている.シュロやアダンなどを用いたさまざまな繊維製品,棘の多いソテツの葉を緑肥として裸足で田畑にすき込むときの痛さ,植物の有毒物質を利用した魚毒漁など,かつての島々での暮らしぶりがうかがえる.かつて琉球に広まっていた稲作は1960年代に激減し,それとともに水田と深く関わる動植物相もまた激変したと指摘されている(第3章).

著者は最後の総括として次のように述べる:

琉球列島の里山は,現在,人とのかかわりが希薄になり,かつての里山の様子はわずかに残さされた古い写真や統計,それに人々の記憶の中に残るだけのものになりつつある.かつて,島の人々にとって,島々の里山は「あたりまえ」の存在としてあった.しかし,本書で紹介してきたように,それは島ごと,集落ごとといってよいほど,多様であり,つまりはそれぞれに固有の生態系であったといえる」(pp. 230-231)

かつて1920年代に沖縄を訪れた遺伝学者リヒアルト・ゴルトシュミットは,「オキナワ」という島名の語義は「投げられた綱の端(hingeworfenes Tauende)」であると書き記している(Goldschmidt 1927, p. 122; 訳書 p. 31).投げられた縄のごとく南北に細長く伸びる琉球列島の島弧は,動植物が多様であるばかりでなく,それらに依存する人間社会の多様性をも生み出した.本書は琉球の “原風景” が記憶から失われる前に書き留めた貴重な資料集である.読後感からいえば,まるで法政大学出版局の叢書〈ものと人間の文化史〉にそのまま入りそうな一冊だった.

文献リスト:

  1. Richard Goldschmidt 1927. Neu-Japan: Reisebilder aus Formosa den Ryukyuinseln ・ Bonininseln ・ Korea und dem südmandschurischen Pachtgebiet. Verlag von Julius Springer, Berlin, VIII+303 S mit 215 Abbildungen und 6 Karten → 書評目次
  2. R・ゴールドシュミット[平良研一・中村哲勝訳]1981. 大正時代の沖縄. 琉球新報社[発行]/那覇出版社[発売],沖縄, 175 pp. → 目次