『動物と人間:関係史の生物学』読売新聞書評

三浦慎悟
(2018年12月5日刊行,東京大学出版会,東京, xvi+821 pp., 本体価格20,000円, ISBN:9784130602327目次版元ページ

読売新聞書評:三中信宏分類学は生き残れるか」(2019年2月24日)が〈本よみうり堂〉で公開されました.



密接な関係を見直す

 科学書でもあり同時に歴史書とも呼べる本書は2段組みで800ページ超という近年まれに見る大著だ。哺乳類学が専門である著者は、ホモ・サピエンスの黎明期から現代にいたる人類史における動物と人間との密接な関係を一貫して「動物側の視点」から見直そうとする。

 

 古来、人間が住む場所の近辺にはさまざまな野生動物が生息していた。イヌは数万年前のオオカミがルーツとされる。1万年前頃はヤギ・ヒツジ・ウシ・ブタ・ウマなど主要な家畜がアナトリア高原(現トルコ)で農耕文化の副産物として人為的に育種された。本書の前半では、これらの家畜の祖先の動物学的特徴に着目しながら、人間による家畜化の道筋に光を当てる。

 

 中世ヨーロッパにおいては作物と家畜の低い生産性を補う大規模開墾が、野生動植物の個体数と多様度を激減させた。当時の支配者階級で大流行したシカ狩りやイノシシ狩りは猟場管理と森林管理の技術を進展させることになる。一方、キリスト教の浸透により、神による被造物としての動物は人間よりも一段低い地位を押し付けられることになった。

 

 16世紀以降の近世に入ると、ヨーロッパ列強による海洋進出がさかんになるとともに、動物由来の繊維や皮革や油脂が貿易物品として珍重され、ビーヴァーやクジラなど数多くの野生動物が乱獲された。南北アメリカやロシアにおいても自然破壊と野生動物の収奪が繰り返された。本書の後半は、アメリカ・イギリス・ドイツにおける自然保護思想の歴史と野生動物管理の実例を論じる。今もなお続く生物多様性保全環境保護問題の根底には経済的な不公正が横たわっていると、著者は指摘する。

 

 本書は、ときどき軽口や冗談をまじえながら、動物と人間がつむいできたかけがえのない相互関係の歴史を壮大に描き出している。大きくて重い本だが、読破すればきっとものの見方が変わるだろう。

 

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2019年2月24日掲載|2019年2月24日公開)