(2004年5月15日刊行,京都大学学術出版会,isbn:4876983135)
200ページほどの本.はっきり言ってフェイントかまされました.ソフトな語り口にダマクラかされて,人生の「大問題」(〈あなたは「人生の駆け引きに勝ちましたか?〉そして〈あなたの人生に悔いはありませんか?〉)を突きつけられた気がした.京大刊行会からではなく,もっと別の“人生論”関係の出版社から出ていたら,ひょっとして大ブレークしたのじゃなかろうか? >スプレイグさん.
もっとちゃんとした書評は下記の通りです:
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※Copyright 2005 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved
とても重い「問いかけ」をさらっと言ってしまう,それはアナタ.
それでなくても宣伝力のない大学出版会の,しかも内容的にちょい硬めな理科系叢書の1冊である.読者が実物を手にする機会は,他の出版社と比べてもきっと少ないにちがいない.しかし,この本は明らかにフェイントだ.こんな(失礼!)シリーズに埋もれていることはないんじゃない,スプレイグさん.もっとメジャーな,“生き方系”の本をたくさん出している出版社から出た新刊だったら,ばばっとブレークしたんじゃないかな.
いきなり,第1章「生活史というあなた」.ダメなんですよ,こういう口調.ハマりすぎて.著者は生態学でいう生活史理論をヒトを含む霊長類・哺乳類の系統発生に適用し,その文脈の中でわれわれヒトの生涯の生物学的基盤を解き明かそうとする.ヒトはけっして特別な存在ではない.そのことはすでに十分にわかっているのだけれども,えてして社会的な論議の中で忘れられがちである.著者はしっかりとクギを刺す:
「『ヒトは特異なのか,ただの生物種なのか』という二極相反の問題は消滅してしまい,系統発生の思想が取って代わってしまったのである.系統発生の思想では,生物の各種は系統樹のなかでつねに特異性と普遍性を合わせ持つ存在としてとらえられる.ヒトもチンパンジーもニホンザルも,霊長類あるいは哺乳類として進化した共通の特徴を多く受け継ぎながら,それぞれの種の特異性を進化させてきたのである」(p. 136)
本書は,霊長類という系統発生的コンテキストの中で,生物としてのヒトがどのような生涯を送るよう進化してきたのかを進化生態学でいう「比較法」の視点で論じる.前半では,生態学の教科書などでおなじみの生存曲線について多くのページが割かれ,ヒトの誕生・成長・繁殖・老化・死を他の霊長類や哺乳類と比較して論じる.われわれは他の近縁生物たちと比べて,どれくらい似通っているのか,そしてどんな点で異なっているのか.読者は知らず知らずのうちに比較法的なまなざしで「人間」という存在を眺めていることに気づかされるだろう.もう著者の術中にはまってしまったということだ.
社会の中で生きるということ,配偶者をもつということ,子どもの世話をするということ,などなど,現代を生きるヒトが誰でも経験するであろうことを人間進化というまなざしで見ることの重要性が本書全体を通しての柱となっている.生涯のその時々で下す決断が,そのヒトにとってのその後の人生を決めてしまうという理不尽さ.われわれは生活史に関わる駆け引き(繁殖成功度もその一部分か)をいたるところでしなければならない.タイプとしての「Homo sapiens」ではなく,トークンとしての「ヒト」個人はそういうあやうい偶然と機会に翻弄されているかもしれないと思いつつ,この本をこわごわ読み進んでしまう.そして本書の末尾で,著者にソフトに問いかけられるのだ:「読者の皆さん,あなたは生涯の駆け引きに勝っていると思いますか」.ああ,なんという著者か.このような「人生の大問題」をいきなりさらりと問いかけないでほしい.
でも,ワタシひとりがこんな重い問いかけを抱えこむのはとうてい耐えきれない.この書評を読んだすべての人に丸投げしてしまおう:「あなたの人生計画はほんとうに正しかったですか? あなたの人生に悔いは残りませんか?」 気になって夜も眠れなくなった人は迷わずこの本を読みませう.男性は〈オタク〉や〈オヤジ〉である以上に〈オス〉だった.女性は〈オニババ〉になるよりも先に〈メス〉だった.そして現代人を蝕んでいるという〈希望格差〉よりも前にあるのはヒトとしての〈生活史戦略〉なのだ.
三中信宏(14/January/2005)
【目次】
はじめに
第1章:生活史というあなた
1.一生が自分自身
2.生活史観
3.あなたはサルの生活史
4.生活史理論
第2章:共に生きる我らの人生
1.年齢別統計の妙
2.生活史は如何にして研究するか
3.この人々は誰?
4.本当の人生
5.人類学の生活史研究
第3章:我が人生に悔いなし 生活史戦略に内包される生涯の駆け引き
1.人生の悩み
2.霊長類という生き方
3.アロメトリーの神秘
第4章:サルとは違うヒトの生涯 霊長類の成長
1.育ち盛りのモンベヤール君
2.霊長類の成長曲線
3.成長の中身
4.骨格が示す古人類の成長
5.生涯最大の駆け引き
6.成長理論の行方
第5章:大人の稼ぎ 生涯を決める生活資源の分配
1.生命保険の生活史戦略
2.ヒトの特異性
3.現代社会の駆け引き
謝辞
読書案内
引用文献
索引