『Assembling the Tree of Life』

Joel Cracraft and Michael J. Donoghue (eds.)

(2004年,Oxford University Press, ISBN:0195172345



生物全体の系統樹は,湿った Stammbaum の生木でなく(Ernst Haeckel のはいろいろ使い回しすぎたので今回はやめる),十分に乾燥した cladogram で十分なのだが,やはり最も新しいことを最重視して,先日届いたばかりのこの本を選んだ.

全生物をカヴァーできる系統樹というのは意外に少ない.少し前だったら,1988年に開催されたノーベル会議の論文集 Bo Fernholm et al. (eds.)『The Hierarchy of Life : Molecules and Morphology in Phylogenetic Analysis』(1989年,Excerpta Medica,ISBN:0444810730)の総括図(p. v)が繰り返し引用されていたのを記憶している.ただし,この論文集,とてつもなく高価で,当時の購入価格で35,000円を越えていたはず.国内の公的機関にもあまり所蔵されていないようだ(お,上智大にはありますな).『Assembling the Tree of Life』の出版により,ほぼ15年ぶりに全生物の the tree of life がアップデートされてよかった.

本論文集の末尾で,David M. Hillis が両書を比較している(「The tree of life and the grand synthesis of biology」, pp. 545-547).彼は1980年代の系統学がその後20年の間にどれくらい発展したかをあとづけて,1988年のノーベル・シンポジウムは確かに現代系統学の歴史の上で画期的なイヴェントだったと結論する.というのも,Science Citation Index を手がかりに〈phylogeny〉あるいは〈phylogenetic〉をキーワードとする論文を拾って集計したところ,1989年までは年に数百報しか系統学論文が発表されなかったのに,1990年以降はいきなりその数が1000報を突破し,2001年の段階では年5000報に及んでいるからだ(Figure 32.1).

確かに,狭い意味での系統「分類」学だけでなく,系統推定をツールとしてもちいる研究者と研究領域の裾野が広がったと多くの人が感じているはずだ.しかし,Hillis が言うように,ここ10年あまりの系統学革命が本当の意味で浸透しているとするならば,Science Citation Index のグラフは近い将来“頭打ち”になるだろう.というのも,「系統分析」に基づいてとか「系統樹」を描いてということをわざわざ口にしなくても,空気のように透明にその手順は日常的な研究手続きの中に組み込まれるだろうから.「微分積分学」を用いてとか「線形代数学」を使ってとわざわざ言わなくても,個体群生態学の研究ができるようになったのと同様の状況が近い将来やってくるという予想だ.系統学はそういう段階にまで枯れ上がれればそれはそれでいいことなのだろう.もちろん.いまの統計学に見られるような強行突破問題とか無思考症候群もきっと歩調を合わせて表面化してくるにちがいないと推測するけど.※それはそれで学問としての「成熟」の証とみなす?