『The Future of Phylogenetic Systematics: The Legacy of Willi Hennig』内容紹介

David M. Williams, Michael Schmitt, and Quentin D. Wheeler (eds.)
(2016年6月刊行, Cambridge University Press[The Systematics Association Special Volume Series: 86], Cambridge, xvi+488 pp., US$155.00 / £99.99, ISBN:9781107117648 [hbk] → 目次版元ページ「英文の論文集に寄稿する」

論文集『系統体系学の未来:ヴィリ・ヘニックの遺産』が刊行され,首を長くして着便を待っていたハードカバー版がやっとつくばに届いた.自分の担当章を書いている最中はそれだけでもう手一杯だったので,他の執筆者たちのこと気にかける余裕はほとんどなかったが,500ページ超もある厚くて重い論文集を手にしてやっと全体をゆっくり眺めることができた.

本書は,2013年11月にロンドンの the Linnean Society で開催された Hennig 生誕百周年記念シンポジウム〈Willi Hennig (1913 - 1976): His Life, Legacy and the Future of Phylogenetic Systematics〉(プログラム [pdf])を踏まえた論文集である.

Willi Hennig の生物体系学の理論を継承する分岐学(cladistics)は1960年代から20年あまり続いた体系学論争の火付け役のひとつだった.1990年代以降に分子系統学が急速に広まったのちも,系統推定論としての最節約法として分岐学的方法は存続した.のちに最尤法やベイズ法の発展に貢献することになるある世代以上のシニア研究者たちの出自がほかならない “クレイディスト” である例は少なくない.

本論文集の興味深い点は,Hennig と彼の分岐学の知的系譜が各国でどのように異なっていたかが述べられている点である(Michael Schmitt, Willi Xylander, Gareth Nelson, Ole Seberg, Pascal Tassy, Rainer Willmann の各章).Hennig の母国ドイツはもちろん,その直接的洗礼を受けた北欧4カ国,ある時差を経て Hennig 理論が輸入されたフランス,そして体系学論争の中心となる英語圏のそれぞれで分岐学がどのように “分岐” して変容し,受容あるいは排除されていったかは国ごとに異なっていた.

これだけさまざまな考え方が共存している以上,ひとつの学派としての分岐学のまとまりは現在ではもう「ない」と言うべきなのかもしれない.1980年に創立された The Willi Hennig Society (WHS) はもちろん Hennig の継承を目指してつくられた学会だが,本論文集の中核となる編者あるいは著者たちの何人かは意図的に “off-WHS” で活動している.そのような分岐学派の現状も本論文集の行間からは読み取れる.構築者たちがまだ存命なので,科学史研究の対象としてはまだ十分に “乾き上がって” はいないかもしれないが,単なるうわさ話に堕しない証言を体系的に集めておくべき最後の時期かもしれない.

分岐学派を含む生物体系学コミュニティーの科学社会学とは別に,残りの章の多くは分岐学の理論と概念体系について議論している.生物体系学の科学史や科学哲学について十分に議論できる場は現在ではかなりかぎられてきたように感じる.しかし,「別軸としての科学哲学(a.k.a. #ParsimonyGate)」に書いたように,科学史や科学哲学の観点から考える姿勢はいざというときに必要になることは明らかだろう.その点で,本論文集はとても貴重な議論の場を提供している.

まだ通読したわけではないので,以上はざっと流し読みした範囲での印象にすぎない.ワタクシが書いた章(pp. 410-430)では,一般化パターン分岐学の立場から系統ダイアグラムのグラフ理論が生物体系学だけでなく他の歴史科学にもまったく同等に適用できるという点について歴史的に考察した.こんなことを書くのは “クレイディスト” のなかでも “極北” だろうと勝手に思い込んでいたら,同じような立場で書いていた著者がほかに二人もいて(Charissa Varma, Stéphan Prin)何だかうれしくなってしまった.こういうリクツを毛嫌いするいまの日本の体系学コミュニティーの寒々しい “アウェイ感” からはちょっと期待できない “ホーム感” かな.

2010年以降,ここ数年の間に分岐学のたどってきた歴史を振り返る論文集や本が何冊も出版されている:Williams and Knapp (2010), Schmitt (2013), Hamilton (2014), Rieppel (2016).そのコレクションに新たなる1冊が付け加わった.ハードカバー版だと£100(約15,000円)もするのでけっして安い論文集ではないが(著者割引はありますが),分岐学派がたどってきた歴史といま置かれている現状そして将来への可能性について考える上でまたとない素材を提供してくれるだろう.