『私の食物誌』

吉田健一

(2007年7月25日刊行,中央公論新社[中公文庫 BIBLIO B-18-26], ISBN:9784122048911



この本には,上州の食材がいくつか取り上げられている:「群馬県の豚」(p. 63),「群馬県の鶏」(p. 123),「高崎のベーコン」(p. 166),そして「高崎のハム」(p. 172).何のことはない.群馬は“肉の国”だったのか.

片岡の〈キッチン真美〉ではメンチカツ定食を食べたが,この地域は本当はソースカツ丼がベスト・チョイスなのだと思う.ただし,よほど“腹力”に余裕がないかぎり,“喰い負け”するので注意しなければならない.「群馬の豚」の中で吉田健一はこう書いている:




又或る店で豚カツを頼んだら丼に飯を盛り,戸棚の引き出しに既に出来上がった豚カツが沢山入っているのから幾切れか取って載せてくれた.それでも冷たくはなかったのは汁が熱くしてあったからだろうと思う.その上に豚カツの量を惜まずに幾切れでも載せてくれて,そのやり方ではやはり旨かったのだから群馬県に豚が多くて肉が旨いことは確かである.(pp. 64-65)



高崎あたりのソースカツ丼のスタイルを知っているなら,上の描写により瞬時にして「パブロフの犬」と化すだろう.しかし,かつてのように〈キッチン真美〉の「上ソースカツ丼」や〈栄寿亭〉の「C丼」を躊躇なく食べきるだけの“腹力”はそろそろ失せてきた気がする.残念なことだが.

※高崎中心部に古くからあった豚かつの〈きらく〉が先ごろ閉店してしまったのはとても惜しい.この店にはメニューには載っていない「海老重」という逸品があった.背で開いて揚げた海老フライをソースに浸してご飯に載せるというお重だった.