『中世の音・近世の音:鐘の音の結ぶ世界』

笹本正治

(2008年4月10日刊行,講談社[学術文庫1868],343 pp.,本体価格1,100円,ISBN:9784061598683目次版元ページ



ラフマニノフのその名も〈鐘〉,コダーイの〈ハーリヤーノシュ〉の2曲め「ウィーンの音楽時計」に出てくる鐘,ベルリオーズ幻想交響曲〉の最終楽章の鐘,マーラー〈復活〉の鐘,そしてこれから練習しようとしているムソルグスキーラヴェル展覧会の絵〉の「キエフの大門」の鐘 —— 鐘といえば,西洋音楽の中で演奏した経験しか思い浮かばない.しかし,本書は日本の社会の中での「鐘」について論じた本で,延髄反射で買ってしまいました.

著者は冒頭で問いかける.童謡〈ゆうやけこやけ〉では,夕暮れに山寺から鐘の音が聞こえてくるが,夕暮れの鐘の音とは当時の社会で何を意味していたのか,そもそも山寺に鐘が釣られるようになったのはどのような経緯からか,と.魅力的な問題設定の勝利という気がした.

人が支配する「昼の世界」と神や妖怪が支配する「夜の異界」との時間的境界を双方に“周知”させることが「鐘」の打音がもともと果たしていた役割だったと著者は言う:


かつて日本人にはこれらの器具など[鐘や太鼓などの楽器]によって生ずる音が,この世(人間の住む世界)とあの世(神仏の住む世界,人間とは異なるものの住む世界,異界・他界)とを繋ぎうる,特殊な能力を持つ道具として意識されていたといえる.(p. 143)

鐘の音はあの世とこの世とを結ぶものである以上,この音は双方の住人に聞かれる.人間たちにはこれから神々の時間となるので活動を止めるように,神々にはこれから活動してもよいと告げるのである.(p. 210)