『科学革命とは何か』

都城秋穂

(1998年1月28日刊行,岩波書店,東京,xvi+331+16pp.,本体価格2,500円,ISBN:4000051849版元ページ



【書評】

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地質学における科学革命を吟味する

第一部では、地質学のたどってきた歴史をふりかえり、近代地質学の成立とその史的エピソードを概説します。第4章は、現代の科学論との関連で、とりわけ興味を引きます。科学は社会的構築物であると主張する「社会的構築論」の基本的教義が「科学史上の発見の成功や正しい説は、失敗や誤りと同じように、同じ社会的基礎をもっている(p.96)」と主張する "strong programme" を生みだしたことに対して著者は厳しく批判します。

続く第二部は、科学哲学の歴史です。複数の学説が同時的に「対立・併存」するのが生物学と地質学の特徴であるからで、従来の科学哲学は適用できないと著者は主張します(p.207)。すなわち、科学理論の発展の様相は「科学の分野や場合によってさまざまである」(p.208)。プレート・テクトニクス理論が地質学にもたらした「革命」について詳述します。ほかならないこの日本が「プレートテクトニクスに対する反対運動が、世界で最も激しく長く組織的に続いた国である(p.248)」ことを私は本書で初めて知りました。

最後の第三部では、自然科学における法則・理論・革命を物理学と地質学との間で比較します。地質学が個性と歴史性をもつ対象物の学問であることから、物理学帝国主義(p.259)は支持できないという主張が展開されます。最後の傾向的法則は、自然科学にはさまざまなタイプの科学理論があるという著者の持論から導かれる、科学革命の種類と構造のちがいが議論されます。物理学では演繹的階層構造をもつ科学理論はパラダイム(あるいは研究プログラム)となり得るが、地質学ではそういう理論はパラダイムとはなっても研究プログラムにはなりにくいと指摘されます(p.307-310)。複合構造理論の場合はもっと複雑で、パラダイムとなり得る「第1種複合構造理論」とパラダイムとはなり得ない「第2種複合構造理論」に分かれると著者は提唱します(p.323, 表12-1)。

このように、科学理論のタイプによってパラダイムになり得る場合となり得ない場合があることから、著者は結論として「パラダイム」と「科学革命」とを分離する道を選びます。では、「パラダイム」なしの「科学革命」とは何か? 著者は、それは「研究上の伝統の急転換」であろうと推察します(pp.329-331)。パラダイムたりえなかった「ダーウィンの理論」が科学革命であったと言えるのは、まさにこの意味においてであると(p.331)。地質学という、物理学の「外」からパラダイムと科学革命を論じた本書は、教えられる点が多く、私は勉強になりました。進化論に関する本書の見解は概して不正確であるという欠点はありますが、著者が専門とする地質学に関しては楽しめる内容でした。

三中信宏(8 December 2000)