乾正雄
(1998年5月25日刊行,朝日新聞社[朝日選書600],東京,vi+235pp., 本体価格1,300円,ISBN:4-02-259700-3 → 目次)
【書評】※Copyright 2001, 2011 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved
暗くあることの価値を再認識させてくれる本
副題にもあるように,本書は照明という観点から見た「暗さ」の文化を論じた珍しい本である.光と陰というもっとも根本的な環境要因を人間がどのように利用してきたか,そしてそのことが洋の東西を比較したときにどのような文化的差異をもたらしたかを,芸術や建築物の具体的な例を挙げながら示している.
とくに印象に残るのは,タイトルにもなっている「夜は暗くてはいけないか」という節である.「真の闇」を経験することが現在では難しくなっているという指摘とともに,闇があればこそ照明が活きるのだという著者の主張に私は同意したい.漫画家の水木しげるはつねづね「ほんとうの闇がなくなると妖怪はすむ場所がなくなる」という意味のことを言っている.両者の主張は視点こそ違え,実は同じことを言わんとしている気がする.
個人的体験だが,以前,北欧から来たある老夫婦の居室に夕刻招かれたことがある.夕闇が迫り室内が暗くなってきて,話している相手の顔の輪郭がほとんど見えなくなっているのに,彼らはいっこうに照明を点けようとしなかったことを今でも覚えている.
本書を読み終えてから,自分の仕事場の照明をあれこれといじってみた.確かに,照明の仕方によって,いかに部屋の雰囲気が変わるかを身をもって経験し,暗いことの価値を自分なりに再発見できた.その意味で実践的な文化論の本である.
[追記:18 April 2011]MSN産経ニュースの記事「「暗さ」「陰影」歓迎するムードへ 東京の夜は明るすぎた」(2011年4月18日)で,本書が取り上げられていた.東日本大震災にともなう全国的な「節電」運動によって,この本に再び関心が注がれる結果になったのはよかったのか悪かったのか.
三中信宏(2001年3月3日/2011年4月18日改訂)