『〈美しい本〉の文化誌:装幀百十年の系譜』読売新聞書評

臼田捷治
(2020年4月17日刊行,Book&Design,東京, 16 color plates + 318 pp., 本体価格3,000円, ISBN:978-4-909718-03-7目次版元ページ

読売新聞大評が公開された:三中信宏紙の本に秘められた力 —— <美しい本>の文化誌 臼田捷治著」(2020年7月5日掲載|2020年7月13日公開).



紙の本に秘められた力

 よい装幀は“紙の本”に秘められたかぎりない可能性を解き放つ。数年前、神田錦町にある竹尾見本帖本店で〈系統樹の森〉展と銘打ったイベントを開催したことがある。グラフィックデザイナー杉浦康平氏の監修のもとで実現したこの展示で、アートディレクションの威力とともに、紙のもつ将来性と最先端の印刷技術に評者は目を見張った。

 本書には、明治から現代にいたる一世紀半に日本で出版された〈美しい紙の本〉が計350冊もリストアップされている。物理的存在である“モノ”としての“紙の本”は、単にテキストのもつ文字情報を伝えるだけではない。本体・表紙・カバージャケットに使われる紙の種類、印刷される文字書体のタイポグラフィー、配置される挿画などの多くの装幀要素がひとまとまりの“作品”をつくりあげる。

 これらの“紙の本”の装幀は誰が手がけたのだろうか? 本書は時代ごとの装幀スタイルの変遷を追い、著者本人・担当編集者・画家・詩人・デザイナーらさまざまな装幀家が本造りの理念と実践に大きな役割を果たしてきたことを明らかにする。かつての活版印刷から現在のDTPへとうねる大きな流れのなかで、そして新興の“電子本”とのせめぎあいのなかで、“紙の本”を支えてきた日本の造本文化の伝統は今なお連綿と受け継がれ、未来への道が拓かれていることを知る。

 現在では“紙の本”だけでなく“電子本”も私たちの日々の生活に深く馴染んでいる。しかし、両者を同じ「本」と呼ぶのはおそらくまちがいなのだろう。きちんと造られた“紙の本”を手にするときの満ち足りた幸福感は何物にも代えがたい。そういう本はまかりまちがっても“自炊”したりはしない。本を電子化することの“副作用”には敏感でありたい。

 最後に、本書そのものが〈美しい本〉の一冊だ。装幀はもちろん、カバージャケットの“箔押し”も美麗だ。眼福ここに極まれり。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年7月5日掲載|2020年7月13日公開)