『第一印象の科学:なぜヒトは顔に惑わされてしまうのか?』読売新聞書評原稿

アレクサンダー・トドロフ[中里京子訳|作田由衣子監修]
(2019年1月16日刊行,みすず書房,東京, 本体価格3,800円, ISBN:9784622087625目次版元ページ

読売新聞小評:三中信宏「第一印象の科学…アレクサンダー・トドロフ著」が〈本よみうり堂〉に掲載されました(2019年3月31日).下記にワタクシの書評記事の “原稿” を公開することにします.これらの書評原稿は文化部担当者や校閲部による “査読” を経て改訂されたのち紙面に掲載されることになっています.



【書評】※Copyright 2019 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

「第一印象ですべて決まる」と言われれば誰しも心穏やかではいられない——そんなアナタにはこの本を強くおすすめしたい.われわれは眼前の相手の「顔」のもつさまざまな情報(形状・色・テクスチャなど)に基づいて,瞬時に相手の “属性” (性格・好悪・危険度など)を見抜く能力を先天的に身に着けてきた.視覚的動物として進化してきたヒトは,生まれながらに相手の顔を “読む” ための精密なメカニズムを進化させてきた.現代人にも受け継がれている顔認知能力が「第一印象」を生み出す.

では,心理現象としての顔の第一印象の正体はいったい何なのか.著者らの研究では,最先端の画像解析技法(モーフィング)を用いて,人間の顔の形状をコンピューター上で変形あるいは合成したり明度や背景などテクスチャを変更する実験操作を行なう.そして,それらの人為的に生成された顔がどのような心理的効果を生み出すのかをデータ駆動型数学モデル(*1)を立てることによって詳細に検証している.相手の顔の第一印象は実にミリ秒単位で認知されること(*2),その第一印象によって相手の信頼度と支配度の二つの軸での心理的評価がなされること(*3)など,第一印象に関する最新の実験心理学の成果には瞠目させられる.

人間の顔認知の研究史をさかのぼると,かつては怪しげな観相学や人相学のような疑似科学の独壇場だった.本書をひもとけば,ヒトの脳内にある顔認知モジュール(*4)という未知のブラックボックスの蓋が着実に明けられつつあることがわかる.人工的に生成された顔のカラー図版を山ほど見せつけられて,なおそれらの架空の顔を “読み取ろう” としてしまうのは生物としてのヒトの悲しい性【さが】なのかもしれない.しかし,裏を返せば,第一印象を意図的に操る可能性を拓くことができるかもしれない.どきどきしながら同時にわくわくしてしまう本だ.

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評原稿(2019年2月22日作成)

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 *1)p. 160
 *2)p. 56
 *3)p. 142
 *4)p. 288

【追記】朗報!——『第一印象の科学』書評記事はオープンになりました.よかったよかった. https://www.yomiuri.co.jp/life/book/review/20190330-OYT8T50141/ [2019年4月8日]