『生命の歴史は繰り返すのか?:進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む』読売新聞書評

ジョナサン・B・ロソス[的場知之訳]
(2019年6月15日刊行,化学同人,京都, xvi+382 pp., 本体価格2,800円, ISBN:9784759820072目次版元ページ

読売新聞大評が公開された:三中信宏生命の歴史は繰り返すのか? ジョナサン・B・ロソス著 化学同人」(2019年9月15日掲載|2019年9月24日公開)



生物進化は実験できる

 本書の読後感は「生物進化ってこんなに実験できるんだ」という素朴な驚きである。もちろん、歴史としての進化は唯一的な個別事象の積み重ねである。この点ではたしかに進化学は歴史学である。しかし、進化を駆動する過程については実験プランをうまく立てることによって経験的に検証することができる。そのような進化実験はほとんど実行できないと考えられてきたが、その先入観はみごとに覆される。

 著者は、大西洋・バハマ島でのアノールトカゲやカリブ海トリニダード島でのグッピーをはじめさまざまな生物を題材とする野外実験で、進化的な変化は意外なほど急速に進行し、実験的に立証することができると結論する。みずから経験してきた研究史や野外調査につきものの冒険譚をまじえた文章は読者をぐいぐい引っ張っていく。

 わざわざ遠くまで行かなくても農業試験場や砂場やプールでも進化は観察できるという。さらに言えば、野外にかぎらず、進化は室内でも起こっている。大腸菌を用いた実験室内での長期進化実験は30年を超えて続行されている。前例のないこの実験から、生物進化においては「偶然と必然がせめぎ合う」というきわめて重要な論点が浮かび上がってくる。

 進化における「偶然VS必然」の対位法は本書全体を通じて途切れることなく響き続ける旋律だ。スティーヴン・ジェイ・グールドは名著『ワンダフル・ライフ』(早川書房)において進化のテープを“リプレイ”すればまったくちがった結末になるだろうと主張した。一方、グールドに反旗を翻したサイモン・コンウェイ=モリスは『カンブリア紀の怪物たち』(講談社)の中で、進化の選択肢は限られていて同じような結果が繰り返し生じている(「収斂」と呼ばれる)と反論した。前世紀末に勃発したこの大論争に対して本書がいかなる解答を用意するのか……。ぜひ手にとって確かめていただきたい。的場知之訳。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2019年9月15日掲載|2019年9月24日公開)

『家畜化という進化:人間はいかに動物を変えたか』目次

リチャード・C・フランシス[西尾香苗訳]
(2019年9月30日刊行,白楊社,東京, 558 pp., 本体価格3,500円, ISBN:9784826902120版元ページ

分子系統樹がいたるところに.


【目次】
はじめに 9
第1章 キツネ 17
第2章 イヌ 37
第3章 ネコ 75
第4章 その他の捕食者 107
第5章 進化について考えてみよう 129
第6章 ブタ 143
第7章 ウシ 169
第8章 ヒツジとヤギ 195
第9章 トナカイ 223
第10章 ラクダ 249
第11章 ウマ 271
第12章 齧歯類 301
第13章 人間──Ⅰ 進化 329
第14章 人間──Ⅱ 社会性 357
第15章 人新世 381
エピローグ 407

付録 411

謝辞 447
訳者あとがき 449
註と参考文献 [550-454]
索引 [558-551]

『Die Kunst der Benennung』第6章読了

Michael Ohl
(2015年刊行, Matthes & Seitz, Berlin, 318 pp., ISBN:9783957570895 [hbk] → 目次版元ページ

一年以上のブランクが空き,英訳本まで出てしまったのに,続きを読んでいる.第6章「 “愛する妻にちなんでこのコガネムシ命名する” (»Ich benenne diesen Käfer nach meiner lieben Frau ...«)」読了.人名に基づく命名あれこれ.ディヴィッド・ボウイあり,アドルフ・ヒトラーあり,ビヨンセもあれば,シュワちゃんスピルバーグ監督も.ああ,Plathygobiopsis akihito も登場している.ラテン語の性別があやふやな事例もあったりとか.お硬いイメージがある「学名の本」もこういうに書かれていればとてもおもしろいのにねえ.

『自然は導く:人と世界の関係を変えるナチュラル・ナビゲーション』目次

ハロルド・ギャティ[岩崎晋也訳]
(2019年9月10日刊行,みすず書房,東京, 2 color plates + iv + 279 pp., 本体価格3,600円 → 版元ページ

自然物から自分の位置と方向を読み取る「ナチュラル・ナビゲーション」の古典.GPSなど影も形もない時代の1958年出版.


【目次】
はじめに 1
1 自然は導く 5
2 昔の人類はいかにして旅をしたか 20
3 第六感は存在するか 44
4 円を描いて歩く 51
5 まっすぐに歩く 60
6 耳を使う 70
7 嗅覚を使う 76
8 空への反射──動かない雲についての注記 81
9 風向き 88
10 太陽と風がもたらす効果 95
11 樹木や、その他の植物 101
12 蟻塚の道しるべ 121
13 砂漠で 129
14 極地で 137
15 丘と川 144
16 距離を推測する 148
17 都市で 153
18 スポーツとしてのオリエンテーリング 161
19 波とうねり 166
20 海の色 172
21 海鳥の生態 178
22 月が告げること 220
23 太陽から方角を知る 227
24 星から方角を知る 231
25 星から時間を知る 242

太陽方位角の簡易表 247
謝辞 271

ナビゲーターたちのプリンス──訳者あとがきにかえて 273

『驚異と怪異:想像界の生きものたち』書評

国立民族学博物館(監修)・山中由里子(編)(2019年8月29日刊行,河出書房新社,東京, 239 pp., 本体価格2,700円, ISBN:9784309227818目次版元ページ

読了.古今東西のさまざまな “妖しいモノ” たちが所狭しと陳列されていて,この本がまさに驚異の部屋としての「ヴンダーカマー」を構成している.展示物の図版を眺めるのはもちろん楽しい体験だが,寄稿されているエッセイもおもしろい.コラム17:三尾稔「半人半獣のヴィシュヌ化身像」では,ヒンドゥー教最高神のひとりであるヴィシュヌと魔王ヒラニヤカシプの闘いについてこう書かれている:

「無敵の体となったことを確信したヒラニヤカシプは抗う人びとや神々を打ち倒し,遂に傲慢にも彼の世すべてを支配しようとする.まさにそのとき,ヴィシュヌ神はナラシンハ,つまり人でも神でも獣でもあるものとして姿をあらわし,昼と夜の境目である黄昏どきに,建物のなかと外の境目となるヒラニヤカシプの宮殿の入口で,空中でも地面でもない自らの膝の上で,武器を使わず素手で切り裂いてヒラニヤカシプを殺してしまう」(p. 127)

「ヒラニヤカシプは世界のすべての事物や時空間を分類し,そのどれにも負けない存在になることによって世界を支配しようとした.しかし,どんな分類や区別にも,それになじむことのない境目や曖昧なものがつきまとう.ヴィシュヌ神はその境界に宿り,慢心する魔王をあざ笑うかのように彼を討伐したのである」(p. 127)

光と影の境目である “罔両” はオニが憑いて妖怪化すれば “魍魎” となる.日本にかぎらずインドでも “罔両” に潜むヴィシュヌ神が “魍魎” だったことは意外や意外の感があるが,深く納得できる.万物を分けることができるとみなす分類学にとって “分類不能” な存在はいつでも災厄のもとだからだ.

フェルナンド・ペソア著(高橋都彦訳)『不安の書』(2007年1月31日刊行,新思索社ISBN:4783511969)には,「物事を分類し,分類することだけが科学だと心得ている科学的な人は一般に,分類できることが無限にあり,したがって分類しきれないということを知らない」と書かれている.

また,ジョルジュ・ペレック阪上脩訳]『考える/分類する〈日常生活の社会学』(2000年2月1日刊行,法政大学出版局[りぶらりあ選書],東京,vi+143pp.,本体価格1,800円,ISBN:4588022024目次)には,分類をめぐる警句が記されている:

「一つの規則によって,全世界を分類するというのは,じつに人をひきつけることであり,一つの全般的法則が現象全体を規定することになる.北半球と南半球,五大陸,男性と女性,動物と植物,単数と複数,右と左,四季,五感,六母音,七日,十二ヶ月,二十六文字.残念ながら,そんな分類は,うまくいかない.かつてうまくいったためしがないし,今後もうまくいかないだろう.そうはいっても,なおこれからも人びとは,これごれの動物が奇数の指の数や中空の角をもっているということで,分類するということを長く続けるだろう」(p. 120)

ヴンダーカマーには分類をめぐる人間の本性が見え隠れする.分類できる安心と分類できない不安は表裏一体であり,「分類のめまい」(ペレック, op. cit., p. 125)は分類者たる人間を悩ませ続ける.

『ブタの動物学 第2版』目次

田中智夫
(2019年9月10日刊行,東京大学出版会[アニマル・サイエンス:4],東京, iv+186 pp., 本体価格3,800円, ISBN:9784130740241版元ページ


【目次】
刊行にあたって[林良博・佐藤英明] i
第1章 イノシシからブタへ――イノシシの家畜化 1
第2章 雑食・胴長・鼻力――ブタのからだとそのしくみ 41
第3章 清潔好きな動物――ブタの行動 71
第4章 早熟・早肥・多産――家畜としてのブタ 107
第5章 これからのブタ学――ブタとヒトの未来 139
補章 最近の動向 163

あとがき 167
第2版あとがき 171
引用文献 173
事項索引 183
生物名索引 186

『海外で研究者になる:就活と仕事事情』読売新聞書評

増田直紀
(2019年6月25日刊行,中央公論新社中公新書・2549],東京, x+253 pp., 本体価格880円, ISBN:9784121025494目次版元ページ

読売新聞小評の鍵がはずれて公開された:三中信宏海外で研究者になる 増田直紀著」(2019年9月8日掲載|2019年9月17日公開)



 現在の日本では、政府が十分な資金を提供しないせいで、若手研究者が国内の大学や研究機関で安定した職を得ることがほんとうに難しくなってしまった。ポスドクの常勤職であっても任期が数年に限られている場合がほとんどだ。彼らが研究室主宰者(PI)として安定した任期なしの職位(テニュア・ポスト)をどのように確保できるかは日本の科学界の存続にも関わる悩ましい問題である。

 本書は、先が見えない日本ではなく、あえて海外に雄飛して研究活動を続けるための事例集だ。国情のちがいや海外で研究室を立ち上げる上でのポイントが、いま国外で活躍している日本人PIたちのインタビューを踏まえてまとめられている。彼らは、欧米はもちろん中国やシンガポールなどアジア、オーストラリアなど、世界に広がる。

 研究費の申請方法、給料の引き上げ交渉、授業や会議の進め方など内容はとても具体的だ。海外研究生活に伴う光と影が読み取れるので、ポスドクや大学院生はもちろん学部生にとっても大小さまざまな“心理的ハードル”を下げてくれる良書である。(中公新書、880円)

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2019年9月8日掲載|2019年9月17日公開)

『「私」は脳ではない 21世紀のための精神の哲学』目次

マルクス・ガブリエル[姫田多佳子訳]
(2019年9月10日刊行,講談社講談社選書メチエ・710],東京, 386 pp., 本体価格2,100円, ISBN:9784065170793版元ページ


【目次】
日本語版の出版に寄せて 11
序論 17
I 精神哲学では何をテーマにするのか? 57
II 意識 81
III 自己意識 171
IV 実のところ「私」とは誰あるいは何なのか? 215
V 自由 281
原注 [359-352]
文献一覧 [369-360]
概念索引 [376-370]
人名・作品名索引 [386-377]