『誰が科学を殺すのか:科学技術立国「崩壊」の衝撃』

毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班
(2019年10月30日刊行,毎日新聞出版,東京, 269 pp., 本体価格1,500円, ISBN:9784620326078版元ページ

読了.丹念な取材と調査を踏まえ,過去四半世紀の日本の科学研究を取り巻く状況の変遷(=下り坂)を手際よくまとめた本.

『利己的遺伝子の小革命:1970-90年代 日本生態学事情』感想

岸由二
(2019年11月18日刊行,八坂書房,東京, 278 pp., 本体価格3,500円, ISBN:9784896941746目次版元ページ

こういう自然科学の “戦史物語” はワタクシ自身も書いてきたのでとてもなじみがある.今なお点々と残る “生態学史的遺跡” の来歴を語れる書き手はもう少なくなってしまった.

まえがき「この分野に,広い視野で関心のありそうなのは,わたくしと同世代(2019年時点で70歳前後),あるいはこれからひと世代下で,研究者現役最後の日々を暮らす方々かと思われる.事情通のはずのそんな読者の皆さんは……」(p. 5)—— “事情通のはず” のシニア研究者たちはたくさんいるはず.

だから,さらに若い “戦争を知らない” 世代の生態学者あるいは進化学者たちは,大御所たちにこの本を突きつけて,「これってどーなんですかっ!」と “黒船” がやってきた頃の “日本生態学事情” について問い詰める楽しみが残されているだろう.しかし,まえがきを読むと,著者の岸さんはどうやら若手の読者にはあんまり期待していなくって,ワタクシ以上の世代を読者層として想定しているみたいね.

日本の生態学という個別科学のかつての “景色” の成立と “遺跡” の由来に関心がないとこの本は読む動機づけがないだろう.そのとき,本書は “リトマス試験紙” として使えるにちがいない.

「個々の研究者が個々の分野で卓越した業績をあげることと,研究者集団が自らの位置を現代生物学の構図のなかに適切に位置づける視野をもつことは,言うまでもなく相対的に独立した事態」という著者の指摘(p. 145)には全力で同意する.本書に所収された1970〜90年代の論考はそのための足場だ.

おそらく本書全体のまとめとも位置づけられるのは,第3部「ひとつの総括」の論考「現代日本生態学における進化理解の転換史」(pp. 145-185)だ.出典は柴谷篤弘長野敬養老孟司(編)『講座進化・2:進化思想と社会』(1991年9月20日刊行,東京大学出版会,東京, x+236 pp., ISBN:413064212X).懐かしいねえ.

あとがき「付記」にも記されているが,本書の補遺となる文書は別途出されているので,併せて読むと背景事情がとてもよくわかるにちがいない:岸由二 2017. 嘉昭さん応答せよ.Pp. 342-358:辻和希(編)『生態学者・伊藤嘉昭伝 ― もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ』(2017年3月25日刊行,海游舎,東京, x+421 pp., 本体価格4,600円, ISBN:9784905930105書評目次版元ページ).

『利己的遺伝子の小革命:1970-90年代 日本生態学事情』目次

岸由二
(2019年11月18日刊行,八坂書房,東京, 278 pp., 本体価格3,500円, ISBN:9784896941746版元ページ


【目次】
まえがき 5

1. 社会生物学上陸

社会生物学の系譜[1980] 13
自分勝手な遺伝子??[1977] 33
論争つづく社会生物学[1981] 41
社会生物学の二つの眺め[1984] 46
社会生物学と進化理論[1984] 59
社会生物学といかにつきあうか[1985] 78
社会生物学における利己/利他性の理解と周辺の混乱について[2005] 88
包括適応度[1983] 95
社会生物学[1983] 96

2. 今西進化論退場へ

今西進化論とダーウィン進化論[1982] 99
今西進化論現象を読む[1985] 109
今西自然論はすばらしい:地球の香りのする果実(追悼:今西錦司)[1992] 125
異論が主流だった日本での議論[1987] 128
『進化生物学』訳者あとがき[1991] 136

3. ひとつの総括

現代日本生態学における進化理解の転換史[1991] 145

4. ブックガイド

ナチュラル・ヒストリーと現代進化論[1988] 189
自然 ブックガイドベスト10[1992] 195

5. 進化生態学の方法

集団生物学の適応論と遺伝学[1986] 207
卵の大きさはいかに決まるか[1978] 238
雄が大きいハゼと雌が大きいハゼ:チチブとジュズカケハゼの繁殖習性[1981] 260

あとがき 276

『中国D級グルメの旅』

髙倉洋彰
(2019年8月23日刊行,花乱社,福岡, 184+vi pp., 本体価格1,600円, ISBN:9784910038049版元ページ

崔岱遠(文)・李楊樺(画)[川浩二訳]『中国くいしんぼう辞典』(2019年10月16日刊行,みすず書房,東京, xiv + 365 + VIII pp., 本体価格3,000円, ISBN:9784622088271版元ページ)の塀読書.中国は食文化的に広いなあ.東西南北で同じ料理でも “種分化” してるみたい.『中国くいしんぼう辞典』はそれぞれの料理ごとにイラストが描かれているので想像が広がるが,リアルな料理写真も見てみたい気がする.本書がまさにその役目を果たしてくれる.たとえば「八宝飯」について『中国くいしんぼう辞典』では「もっちりねっとりとし,軟らかく滑らかな八宝飯は一家の皆が円満で幸せであるようにとの思いがこめられ」(p. 71)と書かれているが,『中国D級グルメの旅』ではカラフルな写真とともに「その甘さに悶絶した」(p. 141)と証言する.