『社会生物学論争史:誰もが真理を擁護していた1』

ウリカ・セーゲルストローレ

(2005年2月23日刊行,みすず書房ISBN:4622071312



第6章を読了.立ち上がったばかりの社会生物学に対して,正面からバクダンを投げた Gould & Lewontin (1979)の有名な〈スパンドレル論文〉をめぐる大騒ぎ.J. Gould & R. C. Lewontin 1979. The spandrels of San Marco and the Panglossian paradigm. Proceedings of the Royal Society of London, Series B, 205: 581-598. この〈スパンドレル論文〉は,ダイレクトには当時の the adaptationist program に対する攻撃だったわけだが,それに重なるように,公的なインパクトを狙っての演技からごく私的なレスポンスを含意する主張まで,幾層もの衝撃波が伝播していったと本書の著者は指摘する.

この〈スパンドレル論文〉のもつ種々のレトリック的要素については,400ページの論文集:Jack Selzer (ed.)『Understanding Scientific Prose』(1993年,A Badger Reprint, The University of Wisconsin Press, Madison, xvi+388 pp., ISBN:0299139042)まるまる1冊がその分析に当てられているほどだ(こんな事例は他に聞いたことがない).しかし,本書の著者は〈スパンドレル論文〉のテクストがもつ修辞テクニックそのものよりは,むしろその論文が同僚科学者たちによってどのような科学的内容をもつペーパーとして読まれたのかという点に注目する.個人的には,著者は健全なスタンスを堅持していると感じた.

Gould & Lewontin がレトリックとして存分に駆使した,王立協会のモットーたる〈Nullius in verba〉の解釈をめぐる弁舌,そして〈パングロス〉を戯画的に演技させるその脚本は,それに先立って Gareth Nelson が使った手でもあったと以前 Systematic Zoology 誌の誰かの論文で見た記憶がある(詳細は失念してしまった).確かに,1996年に自費出版した three-item analysis に関する小冊子はまさしく『Nullius in Verba』というタイトルが付けられていたのだが(G. Nelson 1996. Nullius in verba. Published by the author, 24 pp.).