『記憶の部屋:印刷時代の文学的 − 図像学的モデル』

リナ・ボルツォーニ[足達薫・伊藤博明訳]

(2007年5月25日刊行,ありな書房,東京,8 color plates + 478 pp., 本体価格7,500円,ISBN:9784756607966詳細目次版元ドットコム

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中世の記憶術から派生する能動的イメージの世界

すでに読了した姉妹書:リナ・ボルツォーニ[石井朗・伊藤博明・大歳剛史訳]『イメージの網:起源からシエナの聖ベルナルディーノまでの俗語による説教』(2010年12月25日刊行,ありな書房,東京,8 color plates + 342 pp., 本体価格6,400円,ISBN:9784756610164書評詳細目次情報版元ドットコム)からさかのぼって本書にたどりついた.中世の「記憶術」の発現形態としてイメージがどのように利用されてきたかを問う.多くの実例に基づく議論展開は姉妹書と共通している.まずはじめに記憶術とイメージとの関係について,著者はこう述べる:


記憶術には長く持続した歴史があり,その中で記憶術は,連続性と変形と差異によって演じられる魅惑的なゲームと化した.古典世界は,弁論家たちが記憶を強化するために用いてきた技術を,中世へと継承する.それらの技術は,心の本性の働きの観察に基づくものであり,三つの本質的な構成要素,すなわち場所(「トポス/場所」[loci]),順序/秩序[ordine],イメージ(「能動的イメージ」[imagines agentes])を利用するものであった.実際それは,秩序立てて配置された場所の行程を心の中に固定することである.それらの場所のそれぞれにひとつずつイメージが置かれ,それらのイメージは,連想ゲームを通じて,覚えられるべき事柄に結びつけられている.(p. 13)

記憶術が「場所」を手がかりにして知識の「秩序」化を目論むわざであることはすでに知られているが,著者はそこに「能動的イメージ」のもたらす貢献を積極的に評価しようとする.その理由について:


イメージや視覚的図式[schemi visivi]を軽視する長い伝統があり,この伝統は今も生きいる.図示された表/図表[tavole],「系統樹」[alberi],様式化された系統樹/系統図[diagramma]の豊かな遺産は,それゆえ,われわれの批評的地平から除かれ,書物のページからも物理的に排除されてきた.……本書の最初の二つの章は,まさしくこの視覚的遺産を再発見し,テクストが用いているそれらの図式[schemi]は単なる物珍しいだけの付属品などではなく,この時代の正確な文化的設計図[progetto]と知を受け入れ伝達する方法とを表明しているという点で,テクストを構成する有機的な一部であることを明らかにする.(p. 17)

続く第1章「知を見えるものにする —— アカデミア・ヴェネツィアーナの経験」では,15世紀末〜16世紀前半のアカデミア・ヴェネツィアーナにおける知識の「可視化」の試みが考察される.


アカデミアの出版計画でくりかえし語られる「系統樹[alberi]」が指すもの,さらに順序/秩序への還元が指すものについての正確な理解が得られる.その方法はつまりは視覚化すること[visualizzazione]である.系統図[diagramma]を用いることによって,懸案の問題を一般から特殊にいたるまで分割し,心によってそれを順にたどっていく過程を再現するような方法で,印刷されたページの上に言葉が配置される.(p. 44)

さらに,第2章「知の系統樹と修辞学的機構」では,15〜16世紀の著作をいくつか取り上げながら,記憶術の実践におけるイメージ(図表・系統図・系統樹・円環など)が果たしてきた役割を確認する.興味深い点は,時代を下るにしたがって,「図式[schema]はその本質を幾何学的な「形象[figura]」へと変える」(p. 89)という著者の指摘である.その一例が系統樹図像学的変遷だった:


たとえば,中世において,分類学,記憶術,さらに神秘学を目的として最も頻繁に用いられたイメージのひとつに系統樹[albero]がある.そして中世の,いわば感覚に訴えるような装飾性が加えられた系統樹[albero]が,一六世紀にその一変種として様式化された系統樹/系統図[diagramma]へと変容したことはよく知られている.(p. 90)



系統図[diagramma]の威力は,まさに,認識にいたる過程の構造を再現し,それゆえさらに認識された対象それ自体の構造も再現する点にある.(p. 92)

系統図[diagramma]は — 情報科学における隠喩を用いるなら — 身体と精神の間をつなぐインターフェースと化すのみならず,定義および部分への分割全体を統べる秩序を再生産するがゆえに,分析されたテクストには存在していなかったものさえ直接目に見えるようにする.(p. 94)

—— 本書は,現代にまで継承されている能動的イメージとしての系統樹などの図的言語の歴史にふみこむ情報ソースとして役に立つ.



三中信宏(2011年7月19日)