『免疫の反逆:なぜ自己免疫疾患が急増するのか』

ドナ・ジャクソン・ナカザワ[石山鈴子訳]

(2012年3月1日刊行,ダイヤモンド社,東京,xiv+319 pp., ISBN:9784478013380目次版元ページ

【書評】※Copyright 2012 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved



自分の免疫システムは自分で守れ



生物であるわれわれ人間のからだは,病原菌や毒物などさまざまな外敵に日々さらされている.執拗に侵入を試みるこれらの外敵を水際で食い止めているのが,精妙につくられた生物体の免疫システムである.自己と非自己(外敵)とを分子レベルで識別し,自分のからだをかたちづくる構成物とみなされないものをことごとく攻撃し尽くすという任務を免疫システムは担っている.



われわれを外敵から防御してくれるこの免疫システムはたとえばエイズ・ウィルスなどの感染に屈して不全に陥ることがある.しかし,本書が取り上げている「自己免疫疾患」とは,免疫機能が外敵ではなく自分のからだの組織を攻撃し始める病気である.自己を守ってくれるはずの免疫システムに自己が攻撃されるという矛盾に満ちた病気の存在は医学界において長らく無視され続けてきた.



全身性エリテマトーデスや多発性硬化症など日常的にはあまり耳にしない病名の患者がここ数十年の間に急増しているという驚くべき事実がまずはじめに明らかにされる.前日まで健康だったのにいきなり重篤な症状に陥り,場合によっては短期間で絶命したり後遺症が残ったりする.著者自身の自己免疫疾患(ギランバレー症候群)の闘病体験を織りまぜつつ論じられる前半でのレポートは生々しい.



しかし,本書はただの医学ノンフィクションにはとどまらない.化学工場での廃棄物による環境汚染が広範囲に及ぶ自己免疫疾患を引き起こしたニューヨーク州バッファロー市の事例は,日本での水俣病イタイイタイ病などの公害事件を髣髴させる.文明社会の生活の便利さの一翼を担ってきたさまざまな化学物質がまわりまわって人間の免疫機能に異常をもたらす皮肉な結末には慄然とせざるを得ない.



著者が提案する自己免疫疾患への予防と対処の方法(化学物質への被曝を避けオーガニック食材を利用するなど)は驚くほどシンプルで,先端医療機器や新薬を必要とはしない.最終章の見出しにある通り「自分の免疫システムは自分で守る」ことを旨とすべきなのだ.自己免疫疾患という現代病の視点から社会を論じた説得力のある本だ.



三中信宏(2012年3月25日)



追記]本書評原稿の改訂版は時事通信社から2012年3月26日に配信された.