『読む・打つ・書く』書評拾い(2)

三中信宏
(2021年6月15日刊行,東京大学出版会東京大学出版会創立70周年記念出版],東京,xiv+349 pp., 本体価格2,800円(税込価格3,080円), ISBN:978-4-13-063376-5コンパニオン・サイト版元ページ

  • りんかん老人読書日記「索引や文献目録は、資料としての書籍には必須なので、価格が上がってもつけていただきたい」(2021年7月6日) https://hfukuchi.blogspot.com/2021/07/blog-post_6.html
  • 大毛蓼 https://twitter.com/p_orientalis/status/1412802440391380997 (2021年7月8日)※拙著の書評ツイートありがとうございます.「退路が断たれる感覚」はまさにそれを狙っていまして,『読む・打つ・書く』をいったん読んでしまったら,「書けない」言い訳はもはや口にできないというワルダクミを仕込みました.
  • NOT https://twitter.com/notabene1976/status/1413082041512435712 (2021年7月8日)※お読みいただき感謝です. “書評執筆実験” は書評という文字空間の “パラメタライズ” を考える上で有用だろうとワタクシは考えています.

『改訂2版 RユーザのためのRStudio[実践]入門:tidyverseによるモダンな分析フローの世界』

松村優哉・湯谷啓明・紀ノ定保礼・前田和寛
(2021年6月16日刊行,技術評論社,東京, xx+275 pp., 本体価格2,980円, ISBN:978-4-297-12170-9版元ページ

初版が出たのは2018年7月だったので,3年ぶりの改訂ということになる.

『タンゴの真実』書評

小松亮太
(2021年4月5日刊行,旬報社,東京, 431 pp. + 10 color plates, 本体価格4,000円, ISBN:978-4-8451-1679-9目次版元ページ

【書評】※Copyright 2021 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

 

タンゴの真実はいまだ謎の中

やっと読了.400ページを超えるテクスト分量もさることながら,随所に挿入されている Spotify 音源と YouTube 動画へのQRコードをひとつひとつたどると途方もなく時間がかかる.一冊の情報量がとびきり多い本.

 

前半ではタンゴのたどってきた歴史を踏まえて,タンゴのリズムと旋律構成について,音源と楽譜を示しながら解説する.「ハバネラ」のリズムがタンゴの基本にあるとは知らなかった(pp. 90-93).

 

ワタクシ的にもっとも興味深かったのは,タンゴの演奏には欠くことができない(とされている)バンドネオンの楽器系統学の章「第5章:バンドネオンって何だ?」「第9章:ドイツ東西バンドネオン狂騒曲」「第15章:秘話と逸話のドイツ・バンドネオン業界」「第18章:140年間の最大の謎に迫る」だ.バンドネオンそのものがドイツ起源だったというのもワタクシ的には驚きだった.バンドネオンとその近縁群の歴史的楽器は本書のカラー図版でたっぷり楽しむことができる.バンドネオン[バンドニオン]とコンサーティーナ[コンツェルティーナ]のきわめて複雑な関係は何これ?ってくらくらする.

 

少なくともタンゴはアルヘンティーナだけの音楽ではない. “アストル・ピアソラ” とか “コンチネンタル・タンゴ” という歴史的要因が,よきにせよ悪しきにせよ,このタンゴという音楽文化に影響を与えてきたことがよくわかる.

 

本書を一読すれば,音楽としての「タンゴ」のもつ従来的イメージは徹底的に変わってしまうだろう.ワタクシの居室にもあるギドン・クレーメル楽団のタンゴのCDとかどうしようかと迷ってしまう.アストル・ピアソラゲイリー・バートンのCDは割りに好きだったりするんですけど…….同じピアソラのアルバムでも,1972年にローマでライヴ録音された〈Decarissimo〉の「Onda Nueve」を聴くと,バイオリンがものすごい音程とテンポで全体を “ぶっちぎって” 行く.その荒々しさがとても印象に残った.いまそのバイオリン奏者を確認したら,アントニオ・アグリとウーゴ・バラリスだった.そしてピアノはオスバルド・タランティーノ

 

なお,「第14章:アウトローたちのバンドネオン」では,バンドネオンを用いた作品を書いた作曲家として,武満徹とともにアルゼンチンのマウリシオ・カーゲルが挙げられている.彼自身がバンドネオン奏者とのことだ.カーゲルって,ティンパニーに奏者が “飛び込む” というエンディングのあの〈ティンパニとオーケストラのための協奏曲〉を書いた人.

 

—— 本書を読了してみて,『タンゴの真実』という書名を見直すと,ワタクシは『タンゴの真実はまだわからない』の方がより適切ではなかったかと感じる.謎が謎を呼んでいる.『タンゴの真実』は一回だけ通し読みしたくらいでは十分に読みきれないかもしれない.欲を言えば,これだけたくさんの人名・固有名が登場するのだから,巻末に索引があってほしかった.

 

三中信宏(2021年7月7日公開)

『読む・打つ・書く』書評拾い(1)

三中信宏
(2021年6月15日刊行,東京大学出版会東京大学出版会創立70周年記念出版],東京,xiv+349 pp., 本体価格2,800円(税込価格3,080円), ISBN:978-4-13-063376-5コンパニオン・サイト版元ページ

『読む・打つ・書く』情報いろいろ(2)

三中信宏
(2021年6月15日刊行,東京大学出版会東京大学出版会創立70周年記念出版],東京,xiv+349 pp., 本体価格2,800円(税込価格3,080円), ISBN:978-4-13-063376-5コンパニオン・サイト版元ページ

『読む・打つ・書く』情報いろいろ(1)

三中信宏
(2021年6月15日刊行,東京大学出版会東京大学出版会創立70周年記念出版],東京,xiv+349 pp., 本体価格2,800円(税込価格3,080円), ISBN:978-4-13-063376-5コンパニオン・サイト版元ページ

『ネイティブが教える 日本人研究者のための英文レター・メール術 日常文書から査読対応まで』

エイドリアン・ウォールワーク[前平謙二・笠川梢訳]
(2021年6月25日刊行,講談社サイエンティフィク,東京, xvi+319 pp., 本体価格2,800円, ISBN:978-4-06-523920-9版元ページ

前著:エイドリアン・ウォールワーク[前平謙二・笠川梢訳]『ネイティブが教える 日本人研究者のための論文の書き方・アクセプト術』(2019年12月19日刊行,講談社サイエンティフィク,東京, xviii+493 pp., 本体価格3,800円, ISBN:978-4-06-512044-6版元ページ)の姉妹本.ご恵贈ありがとうございます.

『百間、まだ死なざるや:内田百間伝』

山本一生
(2021年6月25日刊行,中央公論新社,東京, vi+567 pp., 本体価格3,600円, ISBN:978-4-12-005439-6版元ページ

内田百閒の初の “評伝” だそうだ.著者は数年前に古川ロッパの評伝も出している:山本一生『哀しすぎるぞ、ロッパ:古川緑波日記と消えた昭和』(2014年7月15日刊行,講談社,東京,8 color plates + 446 pp., 本体価格2,400円,ISBN:978-4-06-218980-4版元ページ).

『東京焼盡』読了.

内田百閒
(1955年4月20日刊行,大日本雄辯會講談社,東京, 261 pp.)

たび重なる大空襲で “帝都” がいかにして灰燼に帰したかを日記として書き綴った記録.古書で買ったのだが,状態のいい本はなかなか見つからないようだ.のちに文庫本で再刊されたが,ワタクシ的には元本があれば言うことなし.戦火の中あえて疎開することなく,東京に留まり続けた百鬼園先生は,冒頭の「序ニ代へる心覺」で,「何ヲスルカ見テヰテ見届ケテヤラウト云フ氣モアツタ」(p. 2)と記している.自宅も焼夷弾で焼けてしまい,十年経っても「邊リ一面ノ燄ノ色ヲ思ヒ出ス」(同)ほどのトラウマになってしまった.それにしても,空襲下というとんでもない状況なのに,百鬼園先生はなぜこれほど余裕をもって周囲を観察できたのかというのはフシギだ.古川ロッパに相通じる姿勢を感じる.『古川ロッパ昭和日記』では敗戦日前後の日記が欠けているので,内田百閒の『東京焼盡』はそれを補う資料になる.最後の1945年8月21日には:「濡れて行く旅人の後より霽るる野路のむらさめで,もうお天気はよくなるだらう」(p. 254)と記す.翌日から『戰後日記』へと切れ目なく続く.