『ミイラはなぜ魅力的か:最前線の研究者たちが明かす人間の本質』ヘザー・プリングル

(2002年5月31日刊行,早川書房ISBN:4152084197



【書評】

※Copyright 2002 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

◆ミイラに魅入られてしまった自分がコワイ...◆

要するに【人間の死体】の本である.「死体」が好きな読者には,格好の読み物だろう.しかし,生理的に受けつけない向きには,本書を試しに開いて見ることさえ私はお薦めしない.冒頭口絵で,ミイラご尊顔のカラー写真(しかもどアップ!)に対面させられるからである.すぐさま戻りもよし,意を決して中に入るもよし.いったん入ってしまえば,そこには「ミイラ学」の世界が広がる.

本書は,ミイラをめぐるさまざまな話題−−ミイラのでき方,ミイラ取り,ミイラ薬,ミイラ絵の具,古寄生虫学,犯罪,生贄,宗教,政治,果ては現代のエステまで−−を取り上げ,一癖も二癖もあるミイラ学者たち,そして当のミイラたちとの対話を通じて光を当てる.7,000年前の南米チリのチンチョーロ人ミイラにはじまり,紀元前エジプトの王家のミイラ,中世のキリスト教時代の《不朽の聖人(インコラプティブル)》,そしてソビエトが国家の威信を賭けて「生かし」続けた20世紀のレーニンのミイラにいたるまで,時間と空間を飛び越えたミイラ行脚が本書の読みどころだ.

それにしても気になる.本書のタイトルは『ミイラはなぜ魅力的か』であって,『ミイラははたして魅力的か』ではない.つまり,ミイラが研究者だけでなく一般人にとっても同等に「魅力的」であることは,本書の暗黙の前提なのだ.まさか,と思うみなさんは,かの『ナショナル・ジオグラフィック』誌でくり返しミイラ特集が組まれてきたことを思い起こしてほしい.博物館のミイラ展は,どこも盛況だそうだ.なんてことだ.昔から「われわれはミイラが大好き」(p.323)だったのだ.本書はこのおそるべき事実をさらっと示してしまった.そう思ってもう一度口絵の写真を見直してみると,永遠の存在となった彼らがちょっとうらやましいような,まぶしいような気が....

三中信宏(19/June/2002)




【目次】
ミイラ会議 23
解体者のナイフ 42
宿主 71
麻薬王 96
クライム・ストーリー 117
西方からの侵略者 141
優等人種 167
ミイラ商人 190
有名人 211
インコラプティブル−−不朽の聖人 238
独裁者 262
子供たち 283
自己保存 305
最終章 324
謝辞 326
訳者あとがき 329
参考文献 [1-13]