『夜は暗くてはいけないか』

乾正雄

(1998年05月25日刊行,朝日選書600,ISBN:4022597003



【書評】

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◆暗くあることの価値を再認識させてくれる本◆

副題にもあるように,本書は照明という観点から見た「暗さ」の文化を論じた珍しい本である.光と陰というもっとも根本的な環境要因を人間がどのように利用してきたか,そしてそのことが洋の東西を比較したときにどのような文化的差異をもたらしたかを,芸術や建築物の具体的な例を挙げながら示している.

とくに印象に残るのは,タイトルにもなっている「夜は暗くてはいけないか」という節である.「真の闇」を経験することが現在では難しくなっているという指摘とともに,闇があればこそ照明が活きるのだという著者の主張に私は同意したい.漫画家の水木しげるはつねづね「ほんとうの闇がなくなると妖怪はすむ場所がなくなる」という意味のことを言っている.両者の主張は視点こそ違え,実は同じことを言わんとしている気がする.

個人的体験だが,以前,北欧から来たある老夫婦の居室に夕刻招かれたことがある.夕闇が迫り室内が暗くなってきて,話している相手の顔の輪郭がほとんど見えなくなっているのに,彼らはいっこうに照明を点けようとしなかったことを今でも覚えている.

本書を読み終えてから,自分の仕事場の照明をあれこれといじってみた.確かに,照明の仕方によって,いかに部屋の雰囲気が変わるかを身をもって経験し,暗いことの価値を自分なりに再発見できた.その意味で実践的な文化論の本である.

三中信宏(1/March/2001)

追記】本書冒頭に象徴的に掲げられているのは,ピーテル・ブリューゲルの『雪中の狩人』(1565年,ウィーン美術史美術館所蔵)だ.[2005年7月24日]




【目次】
第1部:暗さのもたらすもの 3
 1 鉛色の空 5
 2 『陰翳礼讃』再読 22
 3 暗いことの意味 27
第2部:暗さをたずねて 55
 1 光の文化 57
 2 石の家 75
 3 ロマネスク教会の光と陰 102
第3部:現代に暗さをつくる 135
 1 照明の変遷 137
 2 夜は暗くてはいけないか 159
 3 オフィスビルの採光と照明 185
 4 不均一照明のすすめ 213
主要参考文献 231
あとがき 234