『How to Write a Lot: A Practical Guide to Productive Academic Writing』書評篇

Paul J. Silvia

(2007年刊行,American Psychological Association , Washington DC, xii+149 pp., ISBN:9781591477433 [pbk] → 目次版元ページ

【書評】※Copyright 2015 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved



研究者がとにかく「たくさん書く」ための心得集



本書はアカデミック・ライティングのための “心の初期化” の指南書である.研究者や学生が「たくさん書く」ためにはどうすればいいかについて,心理学者である著者は具体的な実例を挙げつつその心理学的な根拠とともに論じている.本気で「書く気」のある研究者にとっては,けっしてまたいで通るわけにはいかない本.もの書きがいささか不調なそこのアナタ,この本をしっかり読んですぐ実践しましょう.



本書の内容は【時間確保】【計画厳守】【弁解無用】という三つのスローガン,そして【細分目標】【公開加圧】【拙速主義】という三つのモットーに凝縮できる.



本書が読者に繰り返し刷り込む,文章を「たくさん書く」ための心構えはとてもシンプルだ.それをあえてスローガン化するならば【時間確保】【計画厳守】【弁解無用】の三箇条に集約できる.書く時間をあらかじめ設定し,万難を排してそのスケジュールを死守する書き手を著者は「schedule-follower」と呼ぶ.たくさん書くためには schedule-follower であれ.確かにこのスローガンを守ることができる書き手はきっとシアワセになれる.ウソではない.



これに対して,日頃よく耳にする「もっと時間があったら書く」とか「機が熟してから書く」とか「もっと調べてから書く」という弁解は,単に自分が書かないことに対する見苦しい言い訳にすぎない.ヒソカに罪の意識に苛まれつつ,それでも書くことを先延ばしにしたあげく,締め切り間際まで追い込まれてからドロナワ夜なべ仕事で書きまくるスタイルを著者は嘲笑して “筋の悪い書き手” (binge writer)と呼ぶ.とても耳の痛いことばである.



以下,章を追って,内容紹介する.



冒頭の第1章「Introduction」(pp. 3-9)では,本書が読者に伝えようとするエッセンスが書かれている.時間のない読者はここだけでも読むべし:


Writing productively is about actions that you aren't doing but could easily do: making a schedule, setting clear goals, keeping track of your work, rewarding yourself, and building good habits. (pp. 3-4)



How to Write a Lot views writing as a set of concrete behaviors, such as (a) sitting on a chair, bench, stool, ottoman, toilet, or patch of grass and (b) slapping your flippers against the keyboard to generate paragraphs. (pp. 7-8)



要するに,本書の目標は,文章を書くための抽象的な精神論ではなく,具体的な行動規範にあることがわかる.



続く第2章「Specious Barriers to Writing a Lot」(pp. 11-28)は,研究者の物書きを阻むさまざまな「見かけだけの障壁」について論を進める.かつて René Thom は「論文を書かない言い訳はいくらでもできる」とつぶやいたそうだが,本章ではそういう言い訳がひとつまたひとつと “除霊” されていく.第一の障壁である「もっと時間があれば」(pp. 11 ff.)という言い訳に対して著者は一刀両断する:


Instead of finding time to write, allot time to write. (p. 12)



The secret is regularity, not the number of days or the number of hours. (p. 13)



つまり,書くための時間は “見つける” のではなく,スケジュール的に “割り振る” という発想の転換を著者は明言する.ところが,多くの研究者はそのスケジューリングができないために,悪しき “binge writing” の苦界に沈んでいると指摘する:


Binge writers spend more time feeling guilty and anxious about not writing than schedule followers spend writing. (p. 14)



悩めるアカデミアの “binge writers” に対して,著者は引導を渡す:


[M]aking a schedule and sticking to it is the only way. There is no other way to write a lot. (p. 17)



第二の障壁は「もっと準備しないと」(pp. 18 ff.)という言い訳である.これに対して,著者は準備が必要ならそのための時間を割り振ればすむ話で,書くための時間は書くことに集中すればいいだろうとこれまた一刀両断.“binge” の害毒は書くことにとどまらないと指摘する:


Binge writers are also binge readers and binge statisticians. The bad habits that keep them from writing also keep them from doing the prewriting (Kellogg, 1994), the reading, outlining, idea feneration, and data analysis necessary for generating text. (p. 18)



第三の障壁は「ないものねだり」(pp. 19 ff.)である.「いいパソコンがないから」とか「書斎がないから」とか,いくらでも「書かない理由」を挙げることはできる.もちろん,そういう手合は著者によって一撃で折伏されてしまう.



第四の障壁は「文章の神様がまだ降臨しないから」(pp. 23 ff.)という弁解である.著者はこの点に関しては明白な “無神論” の立場を表明する:


Research has shown that waiting for inspiration doesn't work. (p. 23)



つまり,天上から “文章の神様” が降臨して,書き手にインスピレーションを与えるのを待ち続けるよりも,四の五の言わずに規則正しく書き続ける方がはるかに捗るということだ.身も蓋もないぞ.



こうして,【時間確保】【計画厳守】【弁解無用】という「たくさん書く」ためのスローガンを提示した著者は,続く章で,そのスローガンを貫徹するための数々の具体的方策を述べる.第3章「Motivational Tools」(pp. 29-47)では,書くための意欲や動機をいかにして保ち続けるかに目を向ける.著者が挙げる第一のポイントは目標設定である.しかし,単に最終ゴールを示すだけでは動機付けとしては弱いとみなす著者は,【細分目標】というアイデアを示す.たとえば,「論文を書く」という遠大な(したがって抽象的な)目標設定ではなく,「いまは1パラグラフ書く」とか「今日は200 words書く」というように具体的な【細分目標】を設定せよと言う(pp. 31-32).



【細分目標】が設定できたならば,次は進捗の把握である.つまり,【細分目標】がどれだけ進捗したかを毎日きちんとモニターせよと著者は主張する.


Monitoring your writing progress has many good motivational effects. First, watching your progress keeps your goals salient, which prevents them from slipping away. …… Second, merely monitoring your behavior will help you sit down and write. Behavioral research shows that self-observation alone can cause the desired behaviors. (p. 39)



本章で述べられている,モニタリングはあくまでも書き手自身による進捗の把握にとどまっている.しかし,次の第4章「Starting Your Own Agraphia Group」(pp. 49-57)では,さらにもう一歩踏み出して,書き手だけではなく,書き手を含む社会的グループの中での【公開加圧】というアイデアを提唱している.著者は所属大学の中で「Agraphia Group」というインフォーマルな会を立ち上げ,どれだけ書けたかを相互に公開するという事例を紹介している.この【公開加圧】というやり方はワタクシも実践してみたが,驚くほど効果的である.「晒すだけダイエット」という方法が世に広まっているようだが,【公開加圧】とは要するに「晒すだけライティング」だと考えればよい.



次の第6章「A Brief Foray Into Style」(pp. 59-76)では,Writing a Lot から Writing Well へ話題が移る.しかし,ここでもまた重要なポイントが挙げられている:


Generating text and revising text are distinct parts of writing ― don't do both at once. …… The quest for the perfect first draft is misguided. Writing this way is just too stressful. …… Perfectionism is paralyzing. (p. 75)



書いた文章の改訂が必要ならば,そのための時間を別に “割り振る” のが筋だろうと著者は言う.つまり,文章を「たくさん書く」ためには【拙速主義】をモットーとせよ.



第6章「Writing Journal Articles」(pp. 77-107)は学術誌に論文を書くとき,そして第7章「Writing Books」(pp. 109-125)は単行本を書くときの各論.最後の第8章「“The Good Things Still to Be Written”」(pp. 127-132)で著者は言う:


Ironically, writing a lot will not make you enjoy writing or want to write. Writing is hard and it will always be hard; writing is unpleasant and it will always be unpleasant. …… How do people deal with those tasks? They just show up. Make a writing schedule and show up for it. (p. 130)



本書全体を通じて, “文章の神様” はどこにもいないという(ある意味)身も蓋もない “無神論” がいたるところで展開されていて,悟りを開いた読者にとってはとても心地よいだろう.しっかりスケジューリングして,書くべき時にはとにかく書け,四の五の言うなということだ.



丹下段平矢吹丈を奮い立たせたように,schedule-follower である賢明な書き手は内なる自分にパワーを吹き込む:「書けぇ,書くんだ,ジョー!」.



三中信宏(2015年1月14日)



追記:16 January 2015]本書は現在翻訳進行中:『できる研究者の文章生産術(仮題)』(2015年4月7日刊行予定,講談社サイエンティフィク).訳者である高橋さきのさんからのご連絡による.情報ありがとうございます.それにしてもグッドタイミングな朗報.



追記:9 April 2015]本書の翻訳が先日出版された:ポール・J・シルヴィア[高橋さきの訳]『できる研究者の論文生産術:どうすれば「たくさん」書けるのか』(2015年4月7日刊行,講談社サイエンティフィク,東京, xii+178 pp., 本体価格1,800円, ISBN:9784061531536版元ページ).ワタクシは:三中信宏「推薦の言葉:日本語版刊行にあたって ― 千字の文も一字から:これなら書ける!究極の指南書登場」(pp. vii-viii)という檄文を書かせていただきました.