兼子次生
(1999年5月25日刊行,中央公論新社[中公新書1476],東京,x+240 pp., 本体価格720円, ISBN:4-12-101476-6)
【書評】※Copyright 2001, 2015 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved
日本語速記法の系譜とこれからを見据える
日本語速記の開祖である田鎖綱紀の数奇な生涯をたどった伝記:福岡隆『日本速記事始:田鎖綱紀の生涯』(1978年8月刊行,岩波書店[岩波新書・黄版57], 東京)を読んだのは,今から20年近くも前のことだった.それ以降,速記の現代史に関する本にはまったく出会う機会がなかったが,本書はその空白を埋めてくれる貴重な本である.
冒頭に掲げられている速記法の「系統樹」が印象的である.議会速記という主たる需要の場の中で,明治以降およそ1世紀の間に速記という記法がいかにして分岐しながら発展してきたのかが一目でつかめる.音声としてのことばを文字として記録するインターフェースのツールとして速記は位置している.
著者は,文字情報量がますます増える現代にあっては,たとえコンピュータや録音機器が普及したとしても,速記が必要とされる状況はなくならない,むしろ新たな需要を掘り起こしていく気概が求められていると述べる.
本書の特徴は,現代社会の中で速記が置かれている位置を具体的に述べている点にある.議会速記という伝統的職場だけでなく,テープ起しや障害者支援など新たな場に速記者が進出していることを私は本書で初めて知った.速記法の技法を述べた部分はいささか専門的ではあるが,新鮮に感じる読者も多いのではないだろうか.小学校6年から高校にわたって早稲田速記の通信教育を受けてきた私にとっては,「反訳」とか「簡字」という速記法特有の表現がとてもなつかしく思われた.
三中信宏(2001年3月3日/2015年6月28日改訂)
【目次】
はじめに i第1部 速記の文化 1
1.文字と文化と速記 2
話す・聞く・書く営み 2
2.速記の歴史 24
日本語速記の成立 24
議会速記の実現 32
需要の拡大と方式研究熱 39
外国の速記史 52
速記の現場と出来事 69第2部 速記の技能 101
1.速記と言語 102
2.速記反訳技術 118第3部 速記の学習と応用 145
1.速記のつくり方 146
2.速記の周辺 162
3.速記教育と技能評価 172
4.将来の速記 180
参考にした書籍 191
付録6 日本速記協会の速記技能審査基準 [196]
付録5 中根式の基礎理論 [203]
付録4 速記に必要な基礎語彙リスト [205]
付録3 方言の文字化実験 [221]
付録2 整文技術の基本 [238]
付録1 似たものどうし研究の間違い例 [240]