『心理学の7つの大罪:真の科学であるために私たちがすべきこと』読売新聞書評

クリス・チェインバーズ[大塚紳一郎訳]
(2019年4月1日刊行,みすず書房,東京, vi+330+xl pp., 本体価格4,400円, ISBN:9784622087885目次版元ページ

読売新聞大評が一般公開された:「統計学の原罪と救済 — 心理学の7つの大罪…クリス・チェインバーズ著 The Seven Deadly Sins of Psychology」(2019年7月14日掲載|2019年7月22日公開)



統計学の原罪と救済

 統計データ解析の界隈では、数年前から、これまで長らく使われてきた個々の解析手法ならびに一般的な研究ワークフローをめぐって論議の高まりが目につくようになった。本書の舞台である心理学はその“ホットスポット”のひとつだ。著者は近年の実験心理研究のあり方、とりわけデータの取り扱いをめぐる“後ろ暗い”行為の数々を指摘する。

 本書が列挙する心理学の「大罪」の最初の四つは統計解析に関わる。先入観に一致する証拠だけを集める「確証バイアス」の陥穽、統計的検定を悪用する「p値ハッキング」の大流行、有意な効果を見逃さない「検定力」の低さ、そしてデータが出たあとで仮説をこねまわす「HARK行為」という烙印を押される罪状が次々と暴かれる。これらの「問題含みの研究実践(QRPs)」は心理研究の再現可能性を大きく損ない、ひいては心理学の科学としての地位そのものを危うくすると著者は強く懸念する。

 残る三つの「大罪」はさらに深刻だ。データの恣意的な操作や捏造による「不正行為」の頻発、科学研究の「オープン・サイエンス化」への執拗な抵抗、そして「インパクト・ファクター」などの数値尺度による研究業績評価のでたらめさは、そのいずれをとっても、心理学に限らず、科学の全分野にあてはまる現代的病弊だ。

 著者は最終章でこれらの“原罪”に対する前向きな救済策を論じる。とくに、著者自身が推進してきた新たなシステムである「事前登録制」は、実験計画の事前審査を義務づけ、予期される“罪”の回避案としておおいに注目される。

 『心理学の……』と銘打たれているが、本書の潜在読者はもっと広い。なぜなら『真の科学であるために私たちがすべきこと』というサブタイトルは、分野を問わずすべての科学者ならびに科学に関心をもつ一般読者へのメッセージだからだ。大塚紳一郎訳。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2019年7月14日掲載|2019年7月22日公開)