『科学哲学の源流をたどる:研究伝統の百年史』書評

伊勢田哲治
(2018年11月20日刊行,ミネルヴァ書房[叢書〈知を究める〉・13],東京, x+316+36 pp., 本体価格3,000円, ISBN:9784623084319目次版元ページサポートサイト

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研究者コミュニティーとしての科学哲学

科学哲学がたどってきた道のりを振り返る本.序章「科学哲学の来た道」冒頭で,著者は本書全体の問題設定をする.

 

「「科学哲学」が「科学」と離れて独自の問題意識を育ててきたのは事実であり,その問題意識を科学者に説明するのにたいへんな苦労をすることもある.科学哲学はどうしてこういう分野になってきたのだろうか.本書では,十九世紀を中心に,科学哲学のやってきた道をたどることで,この問いに答える手がかりを得たいと思っている」(p. 1)

 

このように目標を設定した上で,著者は「研究伝統としての科学哲学」という視点を提示する.

 

「言葉の意味からいえば,「科学哲学」というのは,科学について哲学の観点から考える営み全般を指すだろう.これを「概念としての科学哲学」と呼ぶことにする.それに対して,実際に「科学哲学」という名前のもとに行われている研究は,もちろん「概念としての科学哲学」の範囲内に収まる研究が多いものの,その中でも特定の問題意識にそって,特定の課題を集中的にとりあげてきた.さらにいえば,そうした問題意識は,個々の科学哲学者が勝手にやっているというより,お互いに影響を与え合う哲学者たちのゆるやかな研究コミュニティで共有され,受け継がれてきたものである.このような形で受け継がれてきた問題意識や,その問題意識に基づく研究を「研究伝統としての科学哲学」と呼ぶことにしたい」(p. 2)

 

著者のいう「研究伝統としての科学哲学」が,研究者集団内外での継承や反発あるいは支持などさまざまな “動態” を示唆していると考えるならば,ワタクシ的にはとても首肯できる.個別の科学と同じく,科学哲学もまた時空的に限定された研究者コミュニティの中で共有されてきた基幹テーマを連綿と継承してきたと考えられるからだ.

 

本書の以降の章では,この「研究伝統」に着目しながら,科学哲学という研究分野の成立について19世紀から20世紀初頭までの歴史をたどる.第1章「帰納と仮説をめぐる論争」では,推論様式としての演繹と帰納をめぐる論議をさかのぼる.第2章「「サイエンティスト」の起源」は,科学者という呼称をめぐる歴史.第3章「一九世紀のクリティカルシンキング」は現代にも連なるクリティカルシンキングの黎明期を探る.

 

本書の後半章の第4章「実証主義の成立」では,実証主義すなわち「科学の対象は観察可能なものの法則的な関係に限定する」(p. 138)という思潮がどのような経緯で成立したのかについて,ルーツを求めて18〜19世紀にまでさかのぼる.続く,第5章「19世紀末から20世紀初頭の科学哲学」では,英独仏の広域圏に視野を広げて,物理学にかぎらず生物学や心理学,そして社会科学における哲学的問題が議論された.「科学と哲学との距離が今と比べて非常に近かったし,両者の境界にある問題が注目を集めていた」(p. 186)という時代背景が語られる.

 

最後の第6章「論理実証主義へと続く道」では,20世紀前半の論理実証主義からウィーン学団へとつながる道をたどる.そして,第4章で考察された「実証主義」が科学から哲学へとその舞台を変えていった経緯が語られる.

 

「なぜウィーン学団以降の科学哲学は哲学内部の運動になっていったのか,という問題を考えてみたい.……十九世紀においてはジョゼフ・フーリエ,グスタフ・キルヒホッフ,マッハら科学者たち自身が実証主義を積極的に主張し,実際の科学の営みの中でそれを実践していた.……それに対し.二十世紀の論理実証主義は哲学者による運動という側面が強い.……ここには実証主義という運動の変質があるように思われる.ある意味で「科学者たちが手を引いた」ことが今われわれが知る形での論理実証主義,ひいては科学哲学という専門分野が生まれる一つの原因となったとも言えるだろう」(pp. 261-262)

 

本書では個別科学の実例のほとんどは物理学から取られている.1920年代末のウィーン学団成立までは,確かに物理学を中心にして「科学と科学哲学との関わり」を論じることに異論はない.むしろ,それ以降のより現代的な科学哲学は個別科学との新たな関わり合いを模索していったと考えればつじつまが合うのかもしれない.

 

19世紀以前の科学哲学揺籃期に関する本書のくわしい解説はワタクシ的にはとても勉強になった.

 

三中信宏(2019年1月3日)