『Everything You Always Wanted to Know about Lachmann’s Method: A Non-Standard Handbook of Genealogical Textual Criticism in the Age of Post-Structuralism, Cladistics, and Copy-Text』目次

Paolo Trovato[Traduzione di Federico Poole]
(2017年4月刊行, Libreriauniversitaria.it edizioni[Storie e linguaggi: 7], Padova, 363 pp., ISBN:978-88-6292-860-1 [pbk] → 版元ページ

写本系統推定における「ラハマン法」についての専門書.分野を問わず系統推定法については怠りなく探書アンテナを張っていたつもりだったが.イタリアの版元からこういう本が出ていたとはぜんぜん知らなかった.うかつだった.本書の目次を見ると,伝統的なラハマン法にの歴史的解説に加えて,写本間の系統樹と系統ネットワークを推定するコンピューター手法にも触れられている.

ラハマン法を核とする写本系統推定の方法については拙著『系統体系学の世界』の中でも言及した(pp. 299-307).ラハマン法は生物体系学で言う分岐学的方法(最節約法)と事実上同じであることは確かだ.また,ほぼ同時期に,みんぱくの英文誌にも関連論考を出したこともある:Nobuhiro Minaka 2018. Tree and network in systematics, philology, and linguistics – Structural model selection in phylogeny reconstruction. Senri Ethnological Studies, 98: 9-26. pdf [open access].

しかし,残念ながら,ワタクシ自身は,現在の日本で写本系図学の理論的研究をどこで誰がどのように進めているかについてまったく情報を持ち合わせていない.


【目次】
Foreword[Michael D. Reeve] 9
Preface 13
Acknowledgements 25
How to Use This Book 27
General Bibliography 31
Introduction 39

Part 1. Theories

1. “Lachmann's Method” 49
2. Bédier's Schism 77
3. A More In-depth Look at Some Essential Concepts 109
4. Hghs and Lows of Computer-assisted Stemmatics 179
5. The Criticism of Linguistic Features in Multiple-witness traditions 229
6. The ineluctability of critical Judgment (Choice of variants, conjecture) 243

Part 2. Practical Applications

7. A Simple Tradition. The Tractatus de locis et statu sancte terre jerosolimitane 275
8. A Tradition of average Difficulty. Jean Renart's Lai de l'ombre 289
9. A Very Complicated Tradition. Dante's Commedia 299

Coclusion 335
Preface to the Second Edition 341
General Index 347
List of Passages Discussed 363


『羊皮紙のすべて』

八木健治
(2021年3月10日刊行,青土社,東京, 16 color plates + 508 + iv pp., 本体価格4,200円, ISBN:978-4-7917-7350-3版元ページ

計500ページ超.前半の「基礎編」では羊皮紙の歴史から製法・使用に関する概説,後半の「実践編」では印刷から修復まで説明する.カバージャケットは羊皮紙.手触りとても心地よし.

『虫たちの日本中世史:『梁塵秘抄』からの風景』

植木朝子
(2021年3月1日刊行,ミネルヴァ書房[叢書〈知を究める〉・19],京都, vi+327+11 pp., 本体価格3,000円, ISBN:978-4-623-09058-7版元ページ

蝶・蛍・蜻蛉・蟷螂・蟋蟀・虱・蜘蛛・稲子麿などなど中世の人々の生活と昆虫との関わりを描く.とてもめずらしい視点の日本史書

『風水:中国哲学のランドスケープ』書評

エルネスト・アイテル[中野美代子中島健訳]
(2021年3月10日刊行,筑摩書房ちくま学芸文庫・ア-46-1],東京, 210 pp., 本体価格1,000円, ISBN:978-4-480-51028-0版元ページ

19世紀の香港に長年滞在したドイツ系イギリス人宣教師だった著者は「風水とは自然学の別名にすぎない」「中国では,自然科学は,ついぞ育たなかった」(p. 18)と述べる.「風水」の構築者たちは「自然についてのほんのちょっぴりの知識によって,みずからの内なる意識からの自然学の全体系を発展させ,古代の伝承におけるドグマ的な公式にしたがってその体系を説明したのである.しかしながら,実際的かつ経験的な探求が欠如していたことは嘆かわしい」(p. 19)と言いきるアイテルは,「風水」の理論を西洋科学とは異なる「自然学」の一体系として解釈しようとする.p>

 

西洋近代科学との対比が随所に見られるので,本書を読み進む上では意外にわかりやすかった.その一方で,「風水」を特徴づけるダイアグラム(「羅盤」)について,本書では詳細な分析されているが,これはとても手に負えるものではない.アタナシウス・キルヒャーの円環図や三浦梅園の『玄語』を髣髴とさせる.

 

朱子以来一千年にわたって造られてきた「風水」の謎めいた体系はけっきょくのところ「賢い母親の愚かな娘である」(p. 132)とする最後の結論は,その命運がすでに絶たれていることを示唆する.それは「科学」ならざる「学」の宿命であると著者は言いたいのだろう.

 

本書の特筆すべき点は訳者・中野美代子による詳細きわまりない「訳注」「訳者解説」ならびに「訳者解説注」だ.本文よりもよほど情報量が多いかもしれない.さらに文庫化に際してつけられた「解説」もとても読みでがある.ワタクシ的には,本書を訳した中野美代子はかつて高校時代に読んだ『砂漠に埋もれた文字:パスパ文字のはなし』(1971年9月15日刊行,塙書房塙新書・38])あるいは『肉麻図譜:中国春画論序説』(2001年11月15日刊行,作品社[叢書メラヴィリア8], ISBN:4-87893-758-0)の著者として前から知っていた.

 

本書『風水』では異質な「学」(not「科学」)としての「風水」が強調されている.対置図式としてはわかりやすいが,そのまま「東洋 vs. 西洋」と直結させるのは要注意かもしれない.たとえば,ドイツ初期近代の「ルルス主義」を考察した:Anita Traninger 『Mühelose Wissenschaft: Lullismus und Rhetorik in den deutschsprachigen Ländern der Frühen Neuzeit』 (2001年刊行,Wilhelm Fink Verlag[Humanistische Bibliothek Reihe I. Abhandlungen: Band 50], München, 296 pp., ISBN:978-3-7705-3579-8版元ページ著者サイト)は,ルルス主義を知識の体系化を目指した別種の “科学” ととらえている.

『路上のポルトレ —— 憶いだす人びと』感想

森まゆみ
(2020年11月20日刊行,羽鳥書店,東京, 328 + iv pp., 本体価格2,200円, ISBN:978-4-904702-83-3版元ページ

ここのところの寝み本.ワタクシ自身が本書の舞台である “谷根千エリア” に長年住んでいたので,ここに書かれている場所や店や人物には思い当たることが少なくない.ここ一年ほどは都内に行く機会がなくなったせいで,あのあたりをぶらぶら歩きをする機会がほとんどなくなってしまった.

第I部「こぼれ落ちる記憶」読了.ワタクシ自身が本書の舞台である “谷根千エリア” に長年住んでいたので,ここに書かれている場所や店や人物には思い当たる箇所が少なくない.続いて,「II 町で出会った人」「III 陰になり ひなたになり」「IV 出会うことの幸福」と寝読みし続けて,最後まで読了.

ポルトレ(portrait)」という言葉を本書で初めて知った.本書は著者にゆかりのある故人たちの想い出を語るエッセイ集.ひとりひとりの追想ももちろん興味深いが,思いもよらない人どうしのつながり(そして場所とのつながり)が垣間見えてくる.それらの追想をこうして束ねられるのは著者ならではの仕事なのだろう.

ワタクシ自身も谷根千エリアに十年あまり棲んだのでそれなりにいろいろ想い出がある.今はなきある千駄木の飲み屋の “ポルトレ” はすでに活字になっている:三中信宏 2015.[新潟・酒かたり]かつて千駄木の路地裏に新潟の銘酒あり.cushu手帖(にいがた酒の陣2016準備号)pp. 81-83.その店では『路上のポルトレ』に登場する人物にも交わったことがある( “大正美人” とか “クレオパトラ” とか爬虫類の有名人とか).本書をひもとくと,時代と場所を越えて得も言われぬなつかしさを感じるとともに,ワタクシの記憶と経験とも響き合うところが少なくなかった.断片的であっても “ポルトレ” は書き残す価値がある.

『ユリイカ2021年4月号・特集〈鳥獣戯画の世界〉』

(2021年4月1日発行,青土社,東京, 本体価格1,700円, ISBN:978-4-7917-0399-9版元ページ

ワタクシの寄稿:三中信宏鳥獣戯画の体系学 —— 架空生物の分類と系統」(pp. 227-234).西中洲の夜に蠢く鳥獣戯画のキャラクターたちの話.よりによって “学魔” さまと同じ「イマジナリーな生態系」クラスターとは……(滝汗).緊張のあまり “石” になりそう.

『土葬の村』

高橋繁行
(2021年2月20日刊行,講談社講談社現代新書・2606],東京, 312 pp., 本体価格1,000円, ISBN:978-4-06-522544-8版元ページ

現在も残る “土葬” の習俗を追跡したルポルタージュ.貴重な葬儀の写真はもちろん,カバージャケットのような版画イラストが随所に載っている.本書で参照されている柳田國男『葬送習俗語彙』について,著者はすでに:高橋繁行『お葬式の言葉と風習:柳田國男『葬送習俗語彙』の絵解き事典』(2020年10月,創元社,大阪, 本体価格1,800円, ISBN:978-4-422-23041-2版元ページ)を昨年刊行している.柳田國男『葬送習俗語彙』原本は国立国会図書館デジタルコレクションにある.