『風水:中国哲学のランドスケープ』書評

エルネスト・アイテル[中野美代子中島健訳]
(2021年3月10日刊行,筑摩書房ちくま学芸文庫・ア-46-1],東京, 210 pp., 本体価格1,000円, ISBN:978-4-480-51028-0版元ページ

19世紀の香港に長年滞在したドイツ系イギリス人宣教師だった著者は「風水とは自然学の別名にすぎない」「中国では,自然科学は,ついぞ育たなかった」(p. 18)と述べる.「風水」の構築者たちは「自然についてのほんのちょっぴりの知識によって,みずからの内なる意識からの自然学の全体系を発展させ,古代の伝承におけるドグマ的な公式にしたがってその体系を説明したのである.しかしながら,実際的かつ経験的な探求が欠如していたことは嘆かわしい」(p. 19)と言いきるアイテルは,「風水」の理論を西洋科学とは異なる「自然学」の一体系として解釈しようとする.p>

 

西洋近代科学との対比が随所に見られるので,本書を読み進む上では意外にわかりやすかった.その一方で,「風水」を特徴づけるダイアグラム(「羅盤」)について,本書では詳細な分析されているが,これはとても手に負えるものではない.アタナシウス・キルヒャーの円環図や三浦梅園の『玄語』を髣髴とさせる.

 

朱子以来一千年にわたって造られてきた「風水」の謎めいた体系はけっきょくのところ「賢い母親の愚かな娘である」(p. 132)とする最後の結論は,その命運がすでに絶たれていることを示唆する.それは「科学」ならざる「学」の宿命であると著者は言いたいのだろう.

 

本書の特筆すべき点は訳者・中野美代子による詳細きわまりない「訳注」「訳者解説」ならびに「訳者解説注」だ.本文よりもよほど情報量が多いかもしれない.さらに文庫化に際してつけられた「解説」もとても読みでがある.ワタクシ的には,本書を訳した中野美代子はかつて高校時代に読んだ『砂漠に埋もれた文字:パスパ文字のはなし』(1971年9月15日刊行,塙書房塙新書・38])あるいは『肉麻図譜:中国春画論序説』(2001年11月15日刊行,作品社[叢書メラヴィリア8], ISBN:4-87893-758-0)の著者として前から知っていた.

 

本書『風水』では異質な「学」(not「科学」)としての「風水」が強調されている.対置図式としてはわかりやすいが,そのまま「東洋 vs. 西洋」と直結させるのは要注意かもしれない.たとえば,ドイツ初期近代の「ルルス主義」を考察した:Anita Traninger 『Mühelose Wissenschaft: Lullismus und Rhetorik in den deutschsprachigen Ländern der Frühen Neuzeit』 (2001年刊行,Wilhelm Fink Verlag[Humanistische Bibliothek Reihe I. Abhandlungen: Band 50], München, 296 pp., ISBN:978-3-7705-3579-8版元ページ著者サイト)は,ルルス主義を知識の体系化を目指した別種の “科学” ととらえている.