『温暖化の〈発見〉とは何か』

スペンサー・E・ワート

(2005年3月15日刊行,みすず書房ISBN:4622071347



【書評】

※Copyright 2005 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

最初はよく知らない科学史的エピソードに彩られたジミな出だしだったが,中盤になっていきなり“地球環境モデラー”たちが暴れ出し,そのまま政治家や一般社会を巻き込んだ肉弾戦に突入し,「死ね死ね社会構築論」というとても見応えのある終幕を迎えた.この本,最初の3章あたりまではぐっと我慢して読み進み,後半の華々しい展開を期待するというのが正しい読み方かもしれない.

記憶にピン留めされた言葉たち:



自然の巨大な力のなかであまりにも弱々しい人類の活動が,地球全体を支配しているつりあいを乱すことができるとは,ほとんど誰も想像できなかった.自然に対するこの見かた — 超人的で,慈悲深く,本質的に安定した存在という見かた — は,人類の大部分の文化に深く浸透していた.(p. 16)


人間の活動による「地球温暖化」という可能性そのものの認知を拒んできたのは,ほかならないわれわれの“自然観”そのものだった.漠然とした Mother Nature という感覚的受容から脱却して,「宇宙船・地球号」というものの見かた(初出は1956年:p. 58)に移行するには,時間と努力を要したということだろう.実際,「大気がどれほど壊れやすいものか」(p. 161)という警告を科学者たちが一般社会(と政治家たち)に向けて発することで,はじめてその現象に対する社会的な認知が広まった.




一部の懐疑論者は,地球温暖化などまったくおこりそうにないと信じつづけていた.[・・・]彼らは「地球温暖化」など社会的構成物にすぎないと信じていた — 手に持つことのできる石のような事実というよりも,あるコミュニティーによってつくり上げられた神話のようなもの.(p. 243)






二〇世紀末になると,昔ながらの信念を保つためにもがいているのは,気候の自己調節を主張する批判派のほうだった.そのころまでには科学者だけでなく大多数の人々が,自然界とその人類文明との関係について,不本意ながらもいささか不安な見解に達していた.一般大衆と科学界の見解は,それぞれが互いに影響を及ぼして,必然的に一緒に変化してきた.[・・・]確かに,狭い意味では,結果として得られた気候変化の理解は人間社会の生産物と呼べるだろう.それを社会的生産物にすぎないと呼ぶべきではない.将来の気候変化はこの点では,電子や銀河など私たちの五感では直接的にアクセスできない数多くのものと似ている.これらすべての概念はアイデアの精力的なぶつかり合いの中から現れ出たもので,ついには大部分の人々が説き伏せられてその概念は現実の何かを表すものだと言うようになったのだ.(pp. 244-245)



科学と社会とのかかわり合いに関する穏当な見解だとぼくは思う.

本書は,地球規模の気候変化に関する学際的なモデリング研究を核にして,それが一般社会や政治の世界とどのように関わってきたかという問題意識のもとに書かれたことがわかる.もちろん,科学者としての立場から言えば,影響力や発言力そして研究資金を獲得するためにどのような戦略をとればいいのかという指針をも与えているようにも読める.前半で挫折せず,最後まで読了してよかった.

最後にもう一点,“歴史”と“現在”の境目について —




出来事の説明が現時点に近づくにつれて,それは「歴史」とは呼べなくなっていき,ほかの何かに似てくる — それはジャーナリズムかもしれない.歴史の記録の中に求められる特別な長所,つまり長期的な視野に立った展望と客観的な分析は,だんだん減ってしまう.(p. 201)



逆に言えば,ダイレクトな知見と雑音が聞こえるくらい「現在」に近いと,情報が多過ぎて仮説の絞り込みに苦労するということだろう.Robert J. O'Hara がいう「体系学的一般化(systematic generalization)」は現在から離れるほどラクになるのかもね.→ R. J. O'Hara (1993), Systematic generalization, hitorical fate, and the species problem. Systematic Biology, 43: 231-246.

三中信宏(28/April/2005)




【目次】
序文 1
第1章 気候はいかにして変わりうるのか? 7
第2章 可能性を発見 30
第3章 微妙なシステム 53
第4章 目に見える脅威 86
第5章 大衆への警告 116
第6章 気まぐれな獣 130
第7章 政治の世界に入り込む 180
第8章 発見の立証 201
本文を振り返って 239
年表(過去の画期的出来事) 251
解説[増田耕一] 257
原注 [xii-xxi]
参考文献 [ix-xi]
索引 [i-viii]