『夜は短し歩けよ乙女』

森見登美彦

(2006年11月30日刊行, 角川書店ISBN:4048737449



春の日射しがぽかぽかと.風もなく汗ばむ陽気だ.やっぱりこういうときは“ライト妖怪もの”でしょうな.同じ京都を舞台としていても,こちらの方はやや“陰翳”っぽい.これはこれで愉しいのでしょう.タイトルと同名の第1章,続く第2章「深海魚たち」を読み進む.本書の後半で「乙女」がどういうふうに変身していくのか(というか正体を現していくのか)が気になるところ.追っかけ男子学生はすでに影が薄いぞ.下鴨納涼古本まつりの第2章を読み終えて,京大の学園祭の第3章「御都合主義者かく語りき」に入る.いつも駆け足で走り回っているような文体でせわしないのお.半妖怪みたいなのがぞろぞろと.めまぐるしいストーリー展開は好みではないのだが,最後の第4章「魔風邪恋風邪」のオチはなかなかよかった.進々堂のエンディングは精緻だ.御都合主義だろうが米食原理主義だろうがぜんぶ許す.

読後感としては,“人間”よりはむしろ“土地”が主役のように読み取れる.それは川端康成の『古都』以来の伝統ある「京都本」の文体だ.※しばらくはライト・ノベル読みはやめておこう.くらくらする.

昔,伏見にあった母方の実家に出入りしていたことがある.トラッドな京都の「町家造り」で,玄関からそのままお勝手にまわると,おくどさんがまだ現役だった.高い天窓からはいまにもオニが覗き込みそうで,手水鉢のある渡り廊下の向こうには雪隠があり,庭を横切れば古い開かずの土蔵があったりして,それはそれはレトロな妖しさが漂っていたことを思い出す.もちろん,家々に憑くさまざまな“魔”や屋根ごとに睥睨する“鐘軌さん”のオーラは,子どもにとっては十分な威圧力をもっていて,「ほたえてたら神さんが来やはるで」と耳元でささやかれるたびに,“神=鬼”の存在を実感したものだ.