『虫たちの日本中世史:『梁塵秘抄』からの風景』第5〜7章

植木朝子
(2021年3月1日刊行,ミネルヴァ書房[叢書〈知を究める〉・19],京都, vi+327+11 pp., 本体価格3,000円, ISBN:978-4-623-09058-7目次版元ページ



第5章「中世の子ども・武将・芸能者たちと遊ぶ虫 ── 蜻蛉」はトンボの話題だ.ここでも「あきづ」「とうぼう」「かげろふ」という名前の問題はある(pp. 192-3).それよりも,子どもの遊び相手として愛されたトンボの役割(「とんぼ捕り」「とんぼ釣り」)がクローズアップされる(pp. 198 ff.).また,トンボの「勝虫」としての縁起を担いで戦国武将たちの甲冑にも用いられたという(pp. 216 ff.).

ワタクシ的に印象に残った記述は,蹴鞠の名手として知られた平安貴族の藤原成通が今で言う “オーバーヘッドシュート” を決めて,そのわざは「とんぼうがえり」と呼ばれるようになったという逸話だ(pp. 225-226).その後の歌舞伎でも軽業としての「蜻蛉返り」が流行したという(p. 235).

第6章「中世の意匠と巣を編む虫 ── 蜘蛛」の主役は蜘蛛だ.第4章のチョウが凶兆であったのに対し,日本文化のクモは逆に吉兆だったという(p. 237).現在のチョウとクモの持つイメージとは正反対であるのに驚いてしまう.ギリシャ神話のアラクネはアテナに罰せられてクモの形に変えられたわけだから,西洋文化とも正反対のイメージをもつことになる(p. 242).ときには妖怪の “土蜘蛛” に变化したりすることはあっても,人間(親族・愛人・友人など)同士のつながりと絆を象徴するクモは,当時の日本社会の中では現在よりももっとヒトに身近な生物だった.クモに幸あれ.

第7章「中世人が聞いた秋に鳴く虫 ── 松虫・鈴虫・轡虫」は鳴く虫のオンパレードだ.最近だとマツムシよりもスズムシの鳴き声の方が耳にする機会が多い.しかし,著者はかつての嗜好は逆だったと言う:「松虫と鈴虫は並び称されるが,たとえば和歌に詠まれるのは,松虫の方が多く,用例数からいえば,鈴虫の用例の三倍近い」(p. 298).もちろん,清少納言のような熱烈な鈴虫ファンも少なくなかったようだ.これらに比べればかしましい轡虫(クツワムシ)は人気がなかったらしい(p. 302).