『地図を作った人びと:古代から観測衛星最前線にいたる地図製作の歴史』

ジョン・ノーブル・ウィルフォード(鈴木主悦訳)

(2001年1月30日刊行, 河出書房新社ISBN:4309223664



【書評】

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地図製作は世界理解を目指す

とてつもなく厚い歴史書なのに,どんどん読めてしまう.しかも,日頃慣れ親しんだ「地図」を見る目が読後にはすっかり変わっていることに気付く.本書は,古代バビロニアの想像たくましい世界図から現代の衛星リモートセンシングによるコンピューター地図にいたるまで,地図製作者(mapmaker)たちの4,000年におよぶ足跡をたどった労作である.初版が出たのは約20年前であるが,今回訳されたのは初版以後の急速な技術発展を踏まえた増補版である.

はじめの第1章では地図製作の根源を探り,「人間の意識の中には,おそらくつねに,地図をつくりたいという衝動があったのだ」(p.30)と著者は言う.確かにその通りである.森羅万象を「マップ」として理解することは,西洋的な思想のルーツである「自然の階梯」や「世界樹」などの原初的なイコンとともに,知の体系化の手段として長い歴史をもってきた.対象をどのようにして地図という形式に表現するかは,われわれ人間が知識をどのように整理できるかに深く関わっているのだ.

実際,時代ごとにさまざまな地図製作者たちがその生涯をかけて地図づくりに取り組んだ.プトレマイオスをはじめ,ブラバントのメルカトル,フランスのカッシニ一族,そしてイギリスのジョン・ハリソン−デーヴィ・ソベルの印象的なハリソン伝『経度への挑戦』が思い出される−など著名な地図製作者たちだけでなく,歴史にその名を残さなかった数多くの人間にも著者は光を当てている.コロンブスやクックに代表される大探検航海時代が,実は当時製作されていた地図のできによって良くも悪くも影響されていたという事実はたいへん興味深い.たとえ,陸上であっても,容易には到達できなかった秘境の地図づくりがいかに困難をきわめたかは,インド亜大陸南極大陸の事例が物語っている.

第1〜2部に描かれるこのような歴史的エピソードを,後半部分(第3〜4部)で展開される現代技術による長足の進歩と対比させると隔世の感がある.航空機あるいは人工衛星によるリモート・センシング技術そしてコンピューターの利用は,地図製作を一変させたと著者は考えている.人間が肉体的には決して到達できない海底・地中・宇宙にまで地図製作の観測手段はすでに到達しているからである.

欲を言えば,もっと図版があったならば,さらに興味が増したのではないだろうか.しかし,本書は,人間による世界理解の思想史,地図製作の技術史,そして地図がもたらした世界史を大きく包括する力作である.一読をお薦めしたい.

三中信宏(2 March 2001)