『The Calculus of Variants: An Essay on Textual Criticism』

Walter Wilson Greg

(1927年刊行,Clarendon Press, Oxford, vii+63 pp./Reprinted in 1971: Folcroft Library Editions → 書評目次情報



Joseph Henry Woodger の公理論的生物学とはまったく別に,Whitehead & Russellの『Principia Mathematica』の直接的な影響があったことを,つい最近届いたばかりの Greg の本から知ることになった.写本系譜学の古典でもあるこの本の存在は前から知っていたが,国内にほとんど所蔵されていなかったために,実物を手にする機会がまったくなかった.とくに,タイトルの「calculus」が何を意味しているのかが不明だったのだが,開いてみればそれは自明だった.この著者もまた『Principia Mathematica』に啓発され,本文批判の「代数学」すなわち「公理的体系」を構築しようとしていたのだ.Woodger と Greg は,ともに『Principia Mathematica』に導かれ,ともに同じ目標(「calculus」の構築)を目指したという点で,同時代的な“同志”だったといえるだろう.※互いに面識があったかどうかはわからない.

手に入れた Greg のこの本は,Newcastle upon Tyne Polytechnic の大学図書館からの処分品だった(Class No. 801.95 / Accession No. 103547).原書は1927年の出版だが,ぼくが入手したのは1971年に Folcroft Library Editions として版元の Oxford University Press から復刻された150部限定のハードカバー版だ.これとは別に,オンデマンドのペーパーバック版だと今でも入手できるらしい.

1927年という年は,写本系譜学の古典がもう1冊出版されている:Paul Maas『Textkritik』(1927年刊行, Teubner, Tübingen).ドイツ語の原書第3版からの英訳本の方は,日本にも入っていてそのコピーはぼくも所蔵している.しかし,独語版の方は国内にほとんど所蔵がない.調べてみたところ,幸い「第2版」が古書として出品されていることがわかった.

本書が出版された「1927年」といえば実に80年も前の本なのだが,この本で示されている写本系図の“形式化”のスタイルはまったく違和感がない.これって1970年代の「分岐成分分析(cladistic component analysis)」と事実上まったく同じ考え方ではないか.

たとえば,写本群{a, b, c, d, e, f}が与えられたとする.いま c, d, e, f に対するある「共通祖本」は,Principia Mathematica の祖先関係の理論(関係の数学)に則って,A' cdef と記される.さらに,それらの共通祖本のうち,後の Hennig の意味での直接共通祖先(c, d, e, f の共通祖先であってしかも c, d, e, f 以外の子孫を導かないユニークな排他的共通祖先.言い換えれば,c, d, e, f の共通祖先集合に含まれる祖先関係に関する最大元)は,(x)A' cdef と表記される(p. 5).そして,この排他的共通祖先「(x)A' 」については,写本の単系統群の構造 (x)A' cdef, (x)A' def, (x)A' ef そして (x)A' ab がたとえばあるとしたとき:



(x)A' cdef+(x)A' def+(x)A' ef+(x)A' ab
   =(x)A' {ab}{c[d(ef)]}

という記法を著者は提案している.系統樹をこのスタイルで要素に分ける仕方は分岐成分分析ではおなじみだった.

著者の動機づけは,Principia Mathematica の論理体系を写本系統学にも適用しようという点にあった:




The whole matter is, of course, at bottom one of formal logic, and the necessary foundations are fully set forth by Russell and Whitehead in those sections of Principia Mathematica which deal with the ancestral relation (*R: see Pt. II, Sect. E, *90 - *97, in Vol. i; also Introd. sect. vii and Appx. B in the second edition). (p. v)



同じ Principia Mathematica をルーツとしていても,Woodger の「公理化」路線に沿った John R. Gregg『The Language of Taxonomy』(1954年刊行,Columbia University Press)とはだいぶちがうスタイルで,Gregg よりも Greg の方が個人的には親しみやすいものを強く感じる.

参考サイト→Wikipedia
参考文献
1) F. P. Wilson (1960), Sir Walter Wilson Greg, 1875-1959. British Academy, London
2) Joseph Rosenblum (ed.) (1998) Sir Walter Wilson Greg : A Collection of His Writings. Scarecrow Pr. [Great Bibliographers Series], ISBN:9780810833999.