『解読!アルキメデス写本:羊皮紙から甦った天才数学者』

リヴィエル・ネッツ,ウィリアム・ノエル著[吉田晋治監訳]

(2008年5月30日刊行,光文社,カラー口絵12pp. + 442 pp.,税込価格2,205円,ISBN:9784334962036目次版元ページ



本書は唯一つだけ現代にまで伝承されたアルキメデス写本Cの物語だ.“トークン”としてのこの書物がたどった歴史は唯一無二である.羊皮紙の“パリンプセスト”といういかにも謎めくお話し.眼力(心眼)のある人たちがぞろぞろ登場する.古写本の専門家が奇数章を,ギリシャ数学の研究者が偶数章を書くという形式の共著だ.ノンフィクションなのだが,はっきりと推理小説的な色合いが強く出ている.

アルキメデス時代には「図」は,本文の単なる“添え物”ではなく,文字と同様の「読み」を必要としたという話が載っている.著者は「本文批判」ならぬ「図像批判」により,アルキメデス写本の幾何学図の“系譜関係”を論じているのが興味深い(“共有派生形質”としての補助線とか).今回新たに発見された「写本C」は,羊皮紙の古書としては実に劣悪な状況にあったそうで,それも伝承された近世の修理(補綴の方法)や解読作業上の悪行(薬剤を噴霧するとか)による劣化が大きかったという.

本書の後半では,今回の解読プロジェクトの山場.最先端のデジタル画像化の技法を駆使して,パリンプセストに書かれていたもとのアルキメデス論文を解読していく.今まではギリシャ数学は仮想無限は論じても実無限は想定していなかったという定説があったが,写本Cの『方法』を解読することでそれがくつがえされたという成果とか,いままでの数学史では重要視されていなかった『ストマキオン』というアルキメデス最晩年の短報が,実は数え上げ組合せ論のルーツだったかもしれないという発見とか,写本Cの解読によって初めて明らかになったこと,そしてエピソードはいくつもある.

一見とても地味なテーマのように見えて,実はたいへんおもしろい.光文社はいい本を出してくれた.