『The Trees of the Genealogia Deorum of Boccaccio』

Ernest Hatch Wilkins

(1923年刊行,The Caxton Club, Chicago, xii + 29pp. with 24 plates → 目次

『異教の神々』はシカゴから —— 頻繁にあることではないが,とても立派な造りの本をたまに手にすると思わずなでなでしてしまう.先日,運よく発注できたボッカチオ本がマンハッタンの古書店James Cummins Bookseller〉から届いた.31cm×24cmの大判の本が厳重に梱包されて届いた.

この本は,『デカメロン』の作者として有名な14世紀のジョバンニ・ボッカチオが生前にまとめた『異教の神々の系譜(Genealogia Deorum Gentilium)』に描かれた「系図」の図像史を論じた著作.ギリシャローマ神話に登場する神々の系図を論じただけでなく,それを家系図として描いた点で注目される.Wilkins の本書は,ルネサンス期の『異教の神々の系譜』古写本に載っている系図をモノクロ図版あるいは彩色図版で複製した本だ.

「エッサイの樹」が図像化されたのとほぼ同時期に描かれたこれらの系図は,系統樹による図式表現のもっとも古い姿をとどめていると考えられている.あたかも蔦の葉が垂れ下がるように上から下へと祖先子孫関係を表現するというのは,根株から枝葉が下から上へ萌え出る「エッサイの樹」とは対極的な表現方法だ.

もちろん内容的にもたいへん面白いのだが,この本のもうひとつのすごいところは,造本に対する徹底的なこだわりようだ.版元の〈The Caxton Club〉は,シカゴに本拠地をもち,1895年の創立からすでに一世紀を越える長い歴史を持つ bibliophiles たちの結社で(当時の「Art and Crafts」運動のひとつ),インキュナブラ時代を代表する「カクストン」という名を看板としてあえて掲げていることからもわかるように,飽くことなく「とことん良い本」を追求してきたという.

本書は「160部予約限定本」の一冊.天金.背の堅牢な革装に金文字タイトルが輝き,本文の活版印刷に用いられている紙はイタリアの製紙業者〈Fabriano〉による手漉き紙(社名の透かしが入っている).図版のうち3葉は彩色プレートで,鈍く光る金泥までちゃんと復刻されていて,手にするだけでもなんだかとってもシアワセな感覚がする.他人には言えない物欲というか,日頃は顕現しないオブセッションというか.

ぼくの手元に届いた「トークン本」はシカゴ大学図書館からの除籍本で,パンチ文字が刻印されている.90年ほど経った本だが製本状態はとてもよく保たれている.ぼくがもっている古書の中でも,おそらくもっともゴージャスな一冊になるだろう.なお,本書の底本はシカゴ大学が所蔵している古写本だが,15世紀のヴェネツィア写本のいくつかの版からの図も再録されている.調べたかぎりでは,国内のどこの図書館にも本書は公的に所蔵されてはいないようだ.こういう彩色本の稀覯書は入手する機会がごくかぎられているので,誰かが「えいやあっ」と注文しなければ未来永劫にわたって手元にはやってこない.