『百鬼夜行絵巻の謎』

小松和彦

(2008年12月21日刊行,集英社集英社新書ヴィジュアル版012V], ISBN:9784087204728詳細目次版元ページ

【書評】※Copyright 2009 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

新春読了第一号は栄えある〈百鬼夜行〉本 —— 全編にわたってカラー図版が満載で見ているだけでも楽しめる.「祖本・原本・模本」という用語については,著者は次のように定義している(p. 73):

  • 【祖本】:「絵師の創意によって生み出されたオリジナル作品」
  • 【原本】:「模写するにあたってもとにした作品」
  • 【模本】:「「原本」を模写した作品」

とすると,【祖本】とはある文献系譜の「共通祖先」,その祖本から派生したある【原本】を「直接祖先」として模写されたものが「直接子孫」としての【模本】ということになるだろう.また,文献系図(stemma)の場合,祖本をてっぺんに置いて,枝垂れ桜のように異本を配置するという伝統的な描画法がある.本書もその伝統に従っている.

百鬼夜行絵巻〉の異本系統樹が本書の中心となるテーマだ.それは必ずしも「ツリー」ではなく「ネットワーク」になることはまちがいない.実際,第3章で詳細に論じられている〈百鬼夜行絵巻〉異本群のステマ(文献系図)は錯綜している.室町時代にまでさかのぼれるという「大祖本」から分岐した子孫本のそれぞれを本書では「I類」と称し,「A型(真珠庵本クレード)」・「B型(日文妍本クレード)」・「C型(京都市芸大本クレード)」・「D型(兵庫県歴博本クレード)」の四つがある.その中でも真珠庵本を祖本とする「A型」にはきわめて多くの異本があり,サブクレードとして「1」,「2」,および「3」型が類別されている.

上のようなツリー型の系譜によって体系づけられる写本群とは別に,複数の祖本からの「ハイブリッド」であると推測されるものを本書では「II類」と呼んでいる.可能性としては多くの混交によるハイブリッド異本があり得るが,著者らが調べた範囲では,真珠庵本をベースにしたハイブリッド型である「AB型」「AC型」ならびに「AD型」がほとんどだが,ごくまれに「BC型」ハイブリッド異本も存在するという.

著者が関わった〈百鬼夜行絵巻プロジェクト〉では現存する異本のほとんどにあたる60本もの絵巻きを比較した上でステマをつくっている.この異本群の特徴は「文章」よりも「画図」の形態学的特徴に基づく解析が実行されていて,通常の文献系図研究よりはむしろ“生物学的”な系統解析に近いように思われる.たとえば,中国の画図集に載っているという「神亀」から派生したと推定される妖怪が描かれているという仮説が立てられるのも(p. 174),言語学的ではなく“生物学的”な意味での morphology が形質として利用できるからだ.

アヤシイ魑魅魍魎どもと元旦を迎えたが,今年一年の道のりを予期させるものがある.禍々しき“黒雲”に煽られるように元旦の朝に読了とあいなった.

三中信宏(3 January 2009)