『〈盗作〉の文学史:市場・メディア・著作権』

栗原裕一郎

(2008年6月30日刊行, 新曜社, 492 pp., 本体価格3,800円, ISBN:9784788511095書評目次版元ページ著者ブログ

山崎豊子の “盗作累犯” についての詳細な記述(第4章「すべての文章はデータでしかない?」pp. 188-231)がとてもおもしろい:

「山崎の盗作事件の問題点は……小説を書くということへの意識が他の作家とは根っこのところで違っており,そのズレが盗作疑惑というかたちになって現れているといえるかもしれない」(p. 189).山崎豊子の盗作疑惑が最初に浮上した作品『花宴』について,「山崎は『制作の過程で,秘書が資料集めしたときに起った手違いで,悪意はなかったが,結果的に訳文を盗用することになってしまった』……と非を認めた」(pp. 191-192).この盗作事件により山崎豊子日本文藝家協会を退会することになる.当時の会長だった丹羽文雄は「彼女は居丈高になったり,泣き出してみたり,千変万化するらしいが,文学者としての根本の心構えを紛失してしまっている」(p. 202)と厳しく糾弾した.

この盗作事件で山崎豊子の作家生命は絶たれたかに見えたが,わずか一年後に作家活動を再開し,さらに悪質な盗作行為を繰り返し何度も犯したと本節では詳述されている.重要なことはその累犯に対しては山崎本人が何ひとつ反省していないという点.盗作事件は作家にとってはダメージになるので,法廷闘争を含め,山崎豊子は徹底抗戦したという.朝日新聞社に対する訴訟は山崎の勝訴となった.「司法判断が「文学の本質」を保証するというのはナンセンスである」(pp. 227-228)と栗原裕一郎は指摘する.『花宴』の盗作を糾弾した奥野健男は「文学部の怠け者の劣等生がレポートや卒論などを,他人の著作からノリとハサミででっちあげるのと同じように,作家が暮夜ひそかに先輩の著作を原稿用紙に引き写すなどという情景は想像したくもない」と書いている(p. 195).そのあげく,山崎豊子がその後 “国民的女流作家” となったことは周知の通り.

—— ことほどさように,いずこの世界でも確信犯的な剽窃を繰り返す輩はいる.だから,剽窃したこともするつもりもない大多数に対して「剽窃してはいけない」などと教える前に,剽窃した当の本人にきちんとした制裁をするというのがスジでしょう.