『世界温泉文化史』

ウラディミール・クリチェク[種村季弘・高木万里子訳]

(1994年12月10日刊行,国文社,ISBN:4772003711



種村季弘が翻訳しているが,数ある種村本の中でももっとも高価な本だろうと思う.まずは50ページほど読み進む.古代エジプトからはじまり,ギリシャ・ローマ時代にいたる「温泉・鉱泉」の文化史.『カンタベリー物語』にも登場するイギリス古来の温泉地バースは豚が発見したという伝説があるそうだ(p. 32-33).鹿や猿ならまだしも,豚に発見されるとは…….

さらに200ページほど.単に「温泉」それ自体ではなく,「温泉文化」を見渡している.「中世の浴場」の章(pp. 105-135)とそれに続く「湯治場」の章(pp. 137-160)がおもしろい.西洋の中世において外科手術が民間の理髪師らに移行した経緯についての記述:




中世のはじめまで,外科手術は主として聖職者の特権だった.1163年のトゥールの公会と1215年のラテラノの公会議が,「教会ハ血ヲ忌ム」(ecclesia abhorret a sanguine)を宣言し,聖職者に対してこれらの仕事を禁止した.1298年のヴュルツブルク司教会議はすべての信徒たちに手術に立ち会うことをさえ拒んだ.かくして外科医療の医学一般からの完全な分離が生じ,やがてはアカデミックな教養のない,一連の湯番,床屋,創傷医上りのしろうとが,それまではちいさな怪我や骨折や抜歯の実地しか踏んでいなかったのに,外科手術の独占権をにぎった.(p. 123)



堕胎手術を床屋がしていたという歴史的経緯のルーツにはキリスト教からの命令があったということだ.

また,当時は「蛭」による放血療法も盛んだったが,医者によっては何万匹も飼育していたというその蛭たちをどのようにして集めたかについて:




蛭は,大多数がハンガリーポーランド,ロシアから輸入された.当地の住人たちの捕獲法はざっと次のようなものだった.裸になって池に入るとあっという間に吸血蛭にとりつかれる.これは容易にはがすことができるので,……(p. 133)



いやだいやだ,やめてくれ〜〜.※映画〈スタンド・バイ・ミー〉の池のシーンを思い出した.

飲泉・効能・保養の節.ヨーロッパ古来の温泉地では「温泉を飲む」ことに重きが置かれていたことを知る.また,有名なボヘミア・グラスはかの地の有名温泉地で名を売ったのだという.また,バースの温泉施設の管弦楽団を指揮したのは,かの天文学者ウィリアム・ハーシェルだという(びっくり).ギリシャ・ローマ時代から続くヨーロッパの温泉文化に立脚すると,それ以外の世界各地の温泉は「付けたし」のように見なされてしまうのはしかたがないのだろうか.